コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ホラズム・シャー朝 ホラズムシャーちょう Khwārazm Shāh

1件 の用語解説(ホラズム・シャー朝の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

ホラズムシャーちょう【ホラズム・シャー朝 Khwārazm Shāh】

アム・ダリヤ下流域のホラズム地方を中心とした王朝。1077‐1231年。フワーリズムシャー朝とも呼ばれる。この地方では,アラブの侵入以前から,ホラズム・シャーと称するイラン系の支配者があり,その後のサーマーン朝ガズナ朝系の地方政権も,ホラズム・シャー朝の名で呼ばれた。しかし,狭義のホラズム・シャー朝とは,セルジューク朝トルコ人マムルークアヌーシュティギーンが1077年にホラズムの軍政府総督(シャフナ)に任命されたことに始まる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のホラズム・シャー朝の言及

【アヌーシュティギーン】より

…ホラズム・シャー朝の創設者。アフガニスタンの北部の出身。…

【ウルゲンチ】より

…中央アジア,ウズベキスタン共和国の都市で,アム・ダリヤ下流左岸に位置し,中世ホラズム地方の中心地であった。紀元前から存在したオアシスであるが,12世紀末ホラズム・シャー朝の首都となって最盛期を迎えた。イランと北方草原地帯との交易の中継地であったため,繁栄と同時にモンゴルをはじめ周辺諸勢力の侵攻を受けることも多く,数度の破壊と場所を移動した再建がくりかえされた。…

【ゴール朝】より

…彼は,北インドにアイバクほか有力な部将を置き支配を固めようとしたが,1206年,ラホールからガズナに帰る途中で暗殺された。以降王朝は急激に衰退し,ホラズム・シャー朝に征服された。【小名 康之】。…

※「ホラズム・シャー朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ホラズム・シャー朝の関連キーワードアムダリアウルゲンチ高知平野ホラントラインラントギリヤーク語コラズムホラズム朝阪神地方花剌子模

今日のキーワード

太陽系外惑星

太陽以外の恒星を回る惑星。その存在を確認する方法として、(1)惑星の重力が引き起こす恒星のわずかなふらつき運動を、ドップラー効果を用いて精密なスペクトル観測により検出する、(2)惑星が恒星の前面を通過...

続きを読む

コトバンク for iPhone