ホルン(読み)ほるん(英語表記)Gyula Horn

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ホルン(Gyula Horn)
ほるん
Gyula Horn
(1932― )

ハンガリーの政治家。7月5日ブダペストに生まれる。1954年にドン・ロストフの経済・財政学大学を卒業。経済学博士候補資格を得る。1954~1959年財務省の課長、その後外務省の旧ソ連関係部の外交官補となる。ブルガリア、旧ユーゴスラビアでハンガリー大使館の書記官および顧問となり、ハンガリー社会主義労働者党本部の国際関係部長を務める。1985~1989年外務省の長官、1989~1990年外務大臣。1980年代末から、ハンガリーの改革運動に主導的な役割を果たす。この時代に、韓国、イスラエルとの外交関係を確立し、その後オーストリアとの国境にある鉄条網「鉄のカーテン」を開き、当時の東ドイツの住民がハンガリーから西側に逃れるのを助け、それによりドイツの再統一を側面援助した。さらに、ハンガリーから旧ソ連軍が撤退する協定を準備し、最終的にそれを実現した。
 1989年ハンガリー社会主義労働者党の改名に際し、その改革派を結集したハンガリー社会党の創設者の一人。1989年10月にハンガリー社会党国家常任幹部会のメンバー。1990年にハンガリー社会党の議長となる。この時代に、社会党は周辺国の社会主義政党とともに、社会民主党型のスタイルを受け入れるようになり、国際社会民主主義運動、社会主義インターナショナルに加盟。1990年の総選挙で国会議員となり、外務省議会資格委員会の議長。1994年ハンガリー社会党の党候補者名簿の第1位となり、同年、首相に任命される。旧共産党の官僚からあがってきた人間であるにもかかわらず、その政治手腕と素朴な人格ゆえに国民の間に安定した支持を得ていた。しかし、1998年5月の総選挙で社会党は敗北、政権の座を降りた。[羽場久子]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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