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ポール・ロアイヤル運動 ポールロアイヤルうんどう

世界大百科事典 第2版の解説

ポールロアイヤルうんどう【ポール・ロアイヤル運動】

17世紀フランスに起こった信仰上の運動。ポール・ロアイヤルPort‐Royalは元来13世紀に創設され,パリ南郊のシュブルーズにあった女子修道院であるが,17世紀初頭,弱年の院長アルノーAngélique Arnauldによって改革され,またフランソア・ド・サールの指導を受けて有名になった。1625年パリに分院(ポール・ロアイヤル・ド・パリ)が作られ,48年に再開された本院はポール・ロアイヤル・デ・シャンと呼ばれた。

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世界大百科事典内のポール・ロアイヤル運動の言及

【サン・シラン】より

…学生時代にヤンセンと親交を結び,聖書と教父の研究に打ち込むが,1620年オラトリオ会の創設者ベリュルP.de Bérulleと出会い,その影響下に教会改革の必要を痛感する。35年ポール・ロアイヤル女子修道院の指導を引き受け,ポール・ロアイヤル運動に深くかかわる。38年政治,信仰上の複合的な理由からリシュリューの命で捕らえられ,42年釈放されるとまもなく没した。…

【ニコル】より

…フランスのモラリスト,神学者。ポール・ロアイヤル運動に参加し,アルノーを助けて多数の宗教論争書を著す。パスカルの《プロバンシャル》の執筆にも協力し,それをラテン訳した。…

【パスカル】より

…しかし,やがて心の空白を自覚するに至り,ついに54年11月23日の夜,〈第2の回心〉と呼ばれる宗教体験を得て信仰に身を捧げることを決意した(その記録として《覚書》がある)。以後彼はポール・ロアイヤル運動の同調者となり,ジャンセニスムの牙城として教権と俗権の双方から圧迫されていたポール・ロアイヤル修道院とその関係者を支援する。とくに56‐57年には,《プロバンシャル》の名で知られる18通の論争書簡を執筆し,アウグスティヌス伝来の厳格な恩寵観を擁護すると同時に,ポール・ロアイヤルの最大の敵イエズス会のたるんだ道徳観を攻撃して,世論に一大センセーションをまきおこした。…

※「ポール・ロアイヤル運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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