ポール ウォルフォウィッツ(英語表記)Paul D. Wolfowits

20世紀西洋人名事典の解説

ポール ウォルフォウィッツ
Paul D. Wolfowits


1943.12.22 -
米国の政治家
米国防次官。
1970年にイェール大学教授、その後ジョンズ・ホプキンズ大学教授にとなる。1981年には国務省政策企画スタッフ主任から、1982年に国務次官補(東アジア・太平洋問題担当)へとなった。’89年国防次官(政策担当)となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

ポール ウォルフォウィッツ

生年月日:1943年12月22日
アメリカの政治家

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

現代外国人名録2016の解説

ポール ウォルフォウィッツ
Paul Dundes Wolfowitz

職業・肩書
元世界銀行(WB)総裁,元米国国防副長官

国籍
米国

生年月日
1943年12月22日

出生地
ニューヨーク市ブルックリン

学歴
コーネル大学〔1965年〕卒,シカゴ大学大学院〔1967年〕修了

学位
政治学博士〔1972年〕

経歴
ポーランドから米国に渡ったユダヤ系移民の家庭に生まれる。1970年エール大学教授を経て、’73年米国国務省に入り、軍備管理軍縮局で第2次戦略兵器制限交渉(SALT2)を担当。カーター政権下で’77〜80年国防副次官補(地域政策立案担当)。レーガン政権下で’81年国務省政策企画委員長、’82年12月国務次官補(東アジア・太平洋担当)、’86年駐インドネシア大使を歴任。’89年4月〜’93年1月ブッシュ政権下で国防次官(政策担当)。’94年ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)所長を経て、アーンスト・アンド・ヤングに所属。2001年2月ブッシュJr.政権の国防副長官に就任。政権内の新保守主義者(ネオコン)のトップで、イラクとアフガニスタンでの対テロ戦争では重要な役割を果たした。2005年6月世界銀行(WB)の第10代総裁に就任。2007年6月退任。日米関係に造詣が深い。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

関連語をあわせて調べる

今日のキーワード

プレッパー

非常事態に備え、食糧や自衛のための武器・弾薬などを過度に備蓄している人のこと。「備える(prepare)」から生まれた言葉で、2012年現在では米国に最も多く存在し全米で300~400万人にのぼるとみ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android