マイノリティと大学(読み)マイノリティとだいがく

大学事典 「マイノリティと大学」の解説

マイノリティと大学
マイノリティとだいがく

[男だけの世界]

ヨーロッパにはじまる大学の歴史において「学生」は,文法的にはどうあれ,長らく男性名詞であった。いわんや「教授」においてをやである。アベラール,P.はその聡明さを認めはしてもエロイーズを大学へと誘うことはなく,あくまで家庭教師であり続けた。基本的に貴族子弟からなる大学において女性(マイノリティ)は長らくマイノリティであった。第2次世界大戦後の女性の権利の拡大により,今日では,宗教的な理由で女性の就学が認められにくいイスラム圏などを除き,女子学生は必ずしも数の上でのマイノリティではなくなりつつある。ことに日本のように大学が増え続けるような社会においては,成績優秀な女子学生の確保は予備校のつくる偏差値競争を勝ち抜く上で看過し得ない課題でもあり,デパートのようなパウダールームの設置や学食をカフェテリアのように改装することで女子学生を積極的に受け入れるように変わってきている。宗教的な理由で女子の就学を否定するような地域を除き,もはや女子学生は大学におけるマイノリティであるとはいえないだろう。それでは,今日における大学におけるマイノリティとはどのような存在であろうか。

エスニック・マイノリティと大学]

大学はエリート養成機関である以上,かつての貴族の子弟とは対極に位置するような存在,すなわち,被支配的な階層にとっては無縁の界であった。初等教育すらおぼつかない状態で高等教育を求めるはずもなく,経済的な成功を築いていたユダヤ人を例外として,強制的なものであれ自発的なものであれ,被支配層や新規移住者の子どもにとって大学は長らく別世界であった。こうした状況を改善するために,たとえばアメリカ合衆国ではアフリカ系やヒスパニック系の学生を大学に進学させるためのアファーマティブ・アクション(アメリカ)(affirmative action)が導入されている。WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)のための大学ではなく開かれた大学であるためには,エスニック・マイノリティに進学の道を開かねばならない。こうしたエスニック・マイノリティの優遇措置に関しては,エスニック・マイノリティの側からの批判もある。優遇枠の故に能力が低くても大学に進学したとみなされれば,能力主義的な社会において能力そのものを評価されたことにはならず,エスニック・マイノリティを劣ったものとみなす偏見を覆すどころか補強してしまう可能性も残されているからだ。しかしながら,まず機会が与えられることが肝要であり,大学という界への門扉が開かれることが望ましいことはいうまでもない。

留学生

こうしたエスニック・マイノリティと同様に,大学という空間においてしばしばマイノリティとなってしまう存在に留学生(マイノリティ)がある。ヨーロッパの大学のように単位互換が認められ,学生が自由に大学間を往来するような地域において留学生は決してマイノリティたり得ないが,日本のように極めてドメスティックな大学において留学生は圧倒的な少数者である。大学の国際化を標榜する過程で,留学生の積極的な受入れが文部科学省によって奨励されているものの,長らく閉鎖的であった日本の大学に留学する者は特定の地域に限定される傾向がある。現代日本社会においては,留学生が学びやすい環境の整備の立遅れが,留学生をマイノリティにしている側面は否定できない。

[障碍者の修学環境]

留学生と同様に環境の整備が十全でないために,日本の大学においてマイノリティであるのは障碍を有する学生たちである。身体的な障碍をもつ学生の受入れは早い段階から行われていたが,車椅子を利用する学生のためにバリアフリーな設備を整えている大学は必ずしも多くはない。また,視覚に障碍がある学生を支援するための点字翻訳者や聴覚に障碍をもつ学生を助けるノートテイカーの必要性が指摘されながらも,支援者の養成は必ずしも十分ではなく,全授業に不足なくボランティアを配置することは難しい状況にある。また,発達障碍を抱えている学生,精神障碍が認められる学生も大学に進学しており,彼らの支援もまた大きな課題である。身体の障碍のように可視的なものではないため支援から取り残される傾向もあるが,大学での学びをサポートするのみならず学友との関係性の構築や誤解から生じる不利益をなくすためにも,積極的な支援が不可欠である。こうした大学による障碍者支援の現実を進学情報としてまとめたものが乏しいこともまた,障碍のある学生をマイノリティにしている一因と考えられる。

[LGBT]

またレズビアン(Lesbian),ゲイ(Gay),バイセクシュアル(Bisexual),トランスジェンダー(Transgender)の学生たちに対する環境の整備も急務である。戸籍に記載された性別を学籍簿や学生証に掲載されることはトランスジェンダーの学生を苦しめることにほかならないが,本人が申告した性の掲載を認めている大学であるか否かの情報は必ずしも十分ではない。また,女子学生用のトイレの整備に力を入れていても,障碍者にも便利な「だれでもトイレ」が整備されているかどうかはオープン・キャンパスにでも出かけなければわからない。「共生社会」という生物学的アナロジーの普及と環境問題の高まりを受けて「生物多様性(biodiversity)」の重要性は日本社会でも広く認識されるところとなり,2008年には生物多様性基本法も施行されている。この多様性が問われるのは自然界だけではなく,むしろ社会においてこそである。大学が実り豊かなダイバーシティ空間であるためには,性の多様性,エスニックな多様性を積極的に認めていくことが望まれよう。大学のダイバーシティ状況についての指標等は必ずしも十分に整備されているとはいえず,偏差値や就職率での大学ランキングに熱心な大学情報関連の産業がこの点を見過ごしがちであることから,ダイバーシティそのものがまだまだマイノリティであるといえるのかもしれない。
著者: 紀葉子

参考文献: マリアテレーザ・フマガッリ=ベオニオ=ブロッキエーリ著,白崎容子・石岡ひろみ・伊藤博明訳『エロイーズとアベラール―ものではなく言葉を』法政大学出版局,2004.

参考文献: ゲオルク・ジンメル著,酒田健一・杉野正・熊沢義宣・居安正訳『橋と扉』白水社,1998.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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