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マイヤ プリセツカヤ Maiya Plisetskaya

現代外国人名録2012の解説

マイヤ プリセツカヤ
Maiya Plisetskaya


国籍
ロシア

専門
バレリーナ;振付師

肩書
ボリショイ・バレエ団プリマ;スペイン国立バレエ団芸術監督

本名
Maiya Mikhailovna〉 マイヤ・ミハイロヴナ〈Plisetskaya プリセツカヤ

生年月日
1925/11/20

出生地
ソ連 ロシア共和国モスクワ

学歴
ボリショイ・バレエ学校〔1943年〕卒

経歴
父はスターリン時代に粛清で銃殺、母も流刑に。8歳の時バレエ学校に入学し、1943年ボリショイ・バレエ団にソリストとして入団。その美貌と高度の技巧、芸術性を買われて、’45年以来プリマ・バレリーナとして活躍。「瀕死の白鳥」、オデッタ(チャイコフスキー「白鳥の湖」)、ジュリエット(プロコフィエフ「ロミオとジュリエット」)、ライモンダ(グラズノフ「ライモンダ」)、カルメン(「カルメン組曲」)等が当り役。大胆に新作にも取り組み、夫の作曲で「アンナ・カレーニナ」「かもめ」「子犬を連れた貴婦人」のような文芸作品のバレエ化を試みた。また、ローラン・プティ・バレエ団と「バラの死」(’73年)を踊り、’79年にはモーリス・ベジャール団とも共演。しかし、新作「カルメン組曲」が“反ソ連的”と上演を禁じられ、当局から24時間身辺を監視され、長く外国公演を許されなかった。’87年10月〜’89年スペイン国立クラシック・バレエ団芸術監督。’93年モスクワで舞台生活50周年を祝うガラ公演を開催。’94年にはインペリアル・ロシアバレエの名誉総裁に就任。マイヤ国際バレエコンクールも主宰し、後進の指導にも力を注いでいる。2008年能楽師・梅若六郎らとラヴェル作曲「ボレロ」をコラボレートする。大の親日家で、’69年初来日、以来多数来日。著書に「闘う白鳥」がある。

受賞
レジオン・ド・ヌール勲章;旭日中綬章(日本)〔2011年〕 ソ連人民芸術家〔1959年〕;アンナ・パヴロワ記念国際舞踊賞〔1962年〕;レーニン賞〔1964年〕;社会主義労働英雄〔1985年〕;Triumph賞〔2000年〕;世界文化賞(演劇・映像部門,第18回)〔2006年〕

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

367日誕生日大事典の解説

マイヤ プリセツカヤ

生年月日:1925年11月20日
ロシアのバレリーナ;振付師

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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