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マズロフ マズロフMazurov, Kirill Trofimovich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マズロフ
Mazurov, Kirill Trofimovich

[生]1914.4.7. ゴーメリ,ルドニャプリビトコフスカヤ
[没]1989.12.19.
ソ連の政治家。 1933年ゴーメリ道路技術学校,47年共産党中央委員会付属高等党学校 (通信) 卒業。 40年共産党に入党し,同年ゴーメリ州党書記,42年コムソモール中央委員会書記。 49~50年ミンスク市党委員会第一書記,53~56年白ロシア共和国首相,56~65年白ロシア共和国党第一書記。 57年の V.M.モロトフ粛清事件後,ソ連共産党中央委員幹部会員候補。 65年第一副首相。第 22回党大会で G.M.マレンコフ,L.M.カガノビッチの党籍剥奪要求の演説をし,65年 10月の最高会議で「工業管理」の改善について報告を行なった。 66~78年政治局員。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マズロフ
まずろふ
Кирилл Трофимович Мазуров Kirill Trofimovich Mazurov
(1914―1989)

ソ連の政治家。ベロルシア(現ベラルーシ)のモギリョフ県に生まれる。1940年共産党入党。第二次世界大戦中パルチザン活動に参加。初めベロルシア共和国で活動し、1953~1956年同国首相、1956~1965年ベロルシア共産党第一書記を務める。1957年ソ連邦の党幹部会員候補、1965年幹部会員(のちに政治局員)となり、1965年3月からはソ連邦第一副首相としてコスイギンの補佐役を務めたが、1976年にチーホノフが同じく第一副首相となって以来その地位は低下した。1978年11月引退。[塩川伸明]

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367日誕生日大事典の解説

マズロフ

生年月日:1914年4月7日
ソ連の政治家
1989年没

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