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マラータ戦争 マラータせんそう Marāthā Wars

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マラータ戦争
マラータせんそう
Marāthā Wars

インド,マラータ連合 (→マラータ ) とイギリス東インド会社との間の戦争。 18世紀末~19世紀初頭に3度戦われた。第1次戦争は 1775年に宰相 (ペーシュワー ) 位に野心をいだくラグナート・ラーオ (前宰相) が宰相マーダバ・ラーオを擁するナーナー・ファドナビースに対抗するためにイギリスに援助を求めて戦いを起した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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大辞林 第三版の解説

マラータせんそう【マラータ戦争】

マラータ同盟とインド支配を進めるイギリス東インド会社との戦争。1775年から1818年の間に三度にわたり行われ、敗れたマラータ同盟は崩壊した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マラータ戦争
まらーたせんそう

インドのマラータMartha勢力とイギリス東インド会社との間で三度(1775~82、1802~05、1817~18)にわたって戦われた戦争。第一次はマラータ宰相(ペーシュワー)位をめぐる内紛にイギリスが介入したもので、マラータ宰相府の権威と実力を著しく低下させた。第二次は北インドでマラータの最有力の侯であったシンデー家とイギリスが戦い、勝利したイギリスは広大な地域をシンデー家から割譲された。第三次は宰相バージー・ラーオ2世とイギリスとが戦ったもので、すでに弱体化していた宰相府は有効な抵抗をすることができず、有力な諸侯たちもすでにイギリスと結んでいたため、宰相府は最終的に滅ぼされ、宰相は北インドのカウンプルに流された。[小谷汪之]

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