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ムゾレワ Muzorewa, Abel Tendekayi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ムゾレワ
Muzorewa, Abel Tendekayi

[生]1925.4.14. 南ローデシア,オールドウムターリ
[没]2010.4.8. ジンバブエ,ハラレ
ジンバブエの政治家,聖職者。南ローデシアのキリスト教メソジスト派の学校で教育を受け,1958~63年アメリカ合衆国のセントラル・メソジスト・カレッジ,スカーリット・カレッジに学んだ。1963年帰国,1968年ユナイテッド・メソジスト教会のローデシア地区主教に就任。アフリカ人政党が白人政権によって非合法化され,民族解放運動の指導者のほとんどが投獄されていた 1970年代に政治家として台頭。1971年アフリカ民族評議会 ANC(1977統一アフリカ民族協議会 UANCに改称)を組織してその議長となり,唯一の合法的アフリカ人民族主義組織となった ANCを基盤に急激に影響力を強めた。1974年の南ローデシア制憲予備会談,1975年のビクトリア瀑布会談などで解放勢力を代表する立場に立ったが ANCは 1975年9月に分裂した。1978年スミス少数白人政権がムゾレワらの穏健派に黒人多数支配を認め,1979年両者の協力で行なわれた総選挙で UANCが第一党となると,白人と黒人の連合政府ジンバブエ・ローデシアの首相(在任 6~12月)に就任した。しかし,ANCと袂を分かったジョシュア・ンコモらの愛国戦線 PFは白人指導体制打倒を目指して武力闘争を続けた。1980年の完全独立を賭けた総選挙で,ジンバブエ・アフリカ民族同盟=愛国戦線 ZANU-PFに大敗。1985年政界から引退した。(→ローデシア問題

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ムゾレワ
むぞれわ
Abel Tendekayi Muzorewa
(1925―2010)

ジンバブエの黒人解放運動指導者。司教。ウムタリに生まれる。アメリカの連合メソジスト・カレッジ卒業後帰国し、ローデシア各地で布教活動に従事。1968年司教となる。1971年アフリカ人民族評議会(ANC)を組織し、1975年スミス政府との制憲会議に臨むため、分裂した解放組織をまとめ統一アフリカ人民族評議会(UANC)を結成。1978年スミス首相の提案した国内解決に合意し、暫定政府の最高幹部評議会議員、1979年国内選挙で首相に就任。しかしロンドン制憲会議に基づく1980年全国民選挙でムガベに敗れ、一議員となった。[林 晃史]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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