ムーア(Henry Moore、彫刻家)(読み)むーあ(英語表記)Henry Moore

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ムーア(Henry Moore、彫刻家)
むーあ
Henry Moore
(1898―1986)

イギリスの彫刻家。ヨークシャーのカースルフォードに、坑夫の7人目の子として生まれる。初め同地の小学校の教師となったが、1917年、第一次世界大戦に一兵士として従軍、フランス戦線で毒ガスに冒され、本国に送還されたが、翌年再度従軍した。戦後リーズ美術学校からロンドンの王立美術学校に進み、ロンドン定住によって大英博物館を訪れる機会を得、古代オリエント彫刻やプリミティブな彫刻に初めて接して感銘を受け、ここを絶えず訪れることになる。この経験から彼の受けたものは終生続いた。「プリミティブ」ということばは「未開」を連想させて使いにくいが、「プリミティブ芸術」はそれなりに一つの完璧(かんぺき)な文明の所産だ、と彼はいう。価値の多元化した20世紀の文明における一つの重要な提起である。1933年、グループ「ユニット・ワン」の結成に参加、43~44年には聖マシュー寺院に聖母子像を制作し、以後いくつかの大作には群像がある。第二次大戦中、ロンドンの地下鉄の中で「防空壕(ごう)シリーズ」のデッサンを連作し、戦後も鉱山で働く地底の坑夫の姿を描き、対象と、それがそこにいる空間についての新しい造形観念を展開した。

 ムーアの作品は多様だが、基本的には「有機的抽象」ともいえる作風で、素材も材料もすべての対象は生命をもっていて、本質的に手に負えぬ存在としてみている。彼が「じか彫り」を強調するのもそのためで、作者はまるで不在であるかのように遠くにいて、すぐには結論を出さない。いわば、結論は、素材のあり方と、見る者に預けるという、相互の親頼関係を樹立しようとする。またムーアには、一つの作品で、大きく切断された複数の部分から構成されているものもある。これらの多くは野外に置くことが強調されるが、それも「もの」と空間との関係についての彼の考え方をよく示しているといえよう。

[岡本謙次郎]

『J・ラッセル著、福田真一訳『ヘンリー・ムア』(1985・法政大学出版局)』

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