精選版 日本国語大辞典 「メルビル」の意味・読み・例文・類語
メルビル
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アメリカの小説家,詩人。ニューヨーク市の名門に生まれたが,12歳で父と死別した。これが彼の作品を貫く孤児のテーマに結びつく。19歳のときイギリス行きの商船の水夫になり,1841年には捕鯨船に乗り組む。船がマルキーズ諸島に寄港したとき,友人と脱走,約1ヵ月をタイピー(〈食人種〉の意)の谷で過ごしたほか,ハワイや南太平洋の島々を転々としたのち,44年イギリス軍艦で帰国。この放浪体験からメルビルは,所が変われば道徳も異なり,真理も相対的なものであるという認識を得た。また頭脳の所産である科学技術により自然を征服しようとする西欧文明とは異質の,心情の命ずるところに従い自然と親しむ南海の文明の存在を知った。
46年処女作《タイピー》,翌年続編《オムー》を発表,高貴な野蛮人たちの無垢な幸福を,堕落した西欧文明と対比しつつたたえて注目された。次の《マーディ》(1849)は,前2作が体験に基づく奇談だったのと作風を変え,《ガリバー旅行記》を思わせる風刺的・寓意的物語であったが,散漫な構成のため失敗に終わった。商船での体験を描いた《レッドバーン》(1849),軍艦の生活を批判した《白ジャケット》(1850)は,ともにリアリスティックな筆致で好評を得る。このころからメルビルは,人間性にひそむ悪を追究し始めた。50年優れた評論《ホーソーンとその苔》を執筆したのを契機に,ホーソーンとの親交が始まり,2人の大作家は互いによい刺激をうけた。51年代表作《白鯨》を,翌年《ピエール》を発表。後者は主人公と異母姉との不倫の愛を中心に,象徴的技巧を駆使して善悪の規準の曖昧(あいまい)さ,人間の心の深淵をさぐる傑作であるが,あまりにも暗い主題のため不評であった。このころから厭人的傾向が強まり,56年には,気分転換のためヨーロッパ,中近東を旅行する。
《バートルビー》《ベニートー・セレーノ》などの優れた短編を収めた《ピアザ物語》(1856),ミシシッピ川を下る船を舞台に悪魔めいた人物がさまざまな扮装で登場して人間の醜さを暴く問題作《詐欺師》(1857)なども世間に認められなかったので,生活のため66年から20年間ニューヨークの税関に勤務する一方,詩作に転じた。南北戦争に取材した《戦争詩集》(1866),20年前に聖地を訪れた記憶をもとに,信仰の問題を扱う2万行近い長編物語詩《クラレル》(1876),《ジョン・マーとその他の水夫たち》(1888)などを出版したほか,未完の短編《ビリー・バッド》(1924)を残して,世を去った。《ビリー・バッド》は,捨子で両親を知らぬ無垢な青年水夫ビリーが,悪人に陥れられたが,自分を理解してくれる船長に心の父親を見いだして,幸せに死んでいくという美しい物語である。
世間から忘れられたまま死んだメルビルだが,1921年R.ウィーバーにより最初の伝記が書かれ,続いて全集(1922-24)が出版されると再評価が始まり,今日ではアメリカ最大の小説家の一人と認められるにいたった。宇宙のよるべなき孤児,迷子として人間を実存的にとらえ,リアリズム文学とは異質の〈ロマンス〉の形式を借り象徴的手法を駆使し,なぜ神は無力な人間を不幸のまま放置するのかと真摯(しんし)に問いかけ,宇宙にも人間の中にも遍在する悪について思索をこらしている点に,彼の偉大さがある。宇宙の迷子という発想は,裏返せば,宇宙を錯雑したなぞに満ちたものと見ることになる。そのような宇宙観を表現する文体も作品の構成も錯綜したものとならざるをえない。平凡な現実の描写が突然形而上的思索に変わったりする。例えば《白鯨》42章では,〈白い色〉の喚起するさまざまな具体的なイメージの積重ねが,宇宙の虚無についての瞑想に飛躍するのである。このようなマニエリスト的な特色が,現代文学に大きな影響を与えている。
執筆者:島田 太郎
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…この間,超越主義の仲間に一時は加わりながらもピューリタンの伝統に立つところの多かったホーソーンは,《緋文字》(1850)などによって人間の心に秘められた罪の意識の諸相を探り,心理のひだを象徴的に描いた。そのホーソーンへの献辞を添えて出版されたメルビルの《白鯨》(1851)は,海の男の執念を追究することによって,人間の心の,ひいてはこの世の暗黒そのものを掘り下げる。 当時,上記のような先鋭な作家と違って,常識的な立場から作品を書き,多くの読者をかちえていた作家群もいた。…
…アメリカの作家メルビルの長編小説。1851年出版。…
… もちろん,ミシシッピ川は単なる自然ではなく,蒸気船で往来する人間の集団であり,アメリカ社会の縮図でもあった。マーク・トウェーンも水先案内人として,そこで文学に現れるすべてのタイプの人間に出会ったと言っているが,そうした雑多な人間に目を向けたのがハーマン・メルビルの《詐欺師》である。彼はミシシッピ川の蒸気船を舞台に人間たちが繰り広げる奇怪な仮面劇を描いた。…
※「メルビル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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