モリス(Robert Morris)(読み)もりす(英語表記)Robert Morris

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

モリス(Robert Morris)
もりす
Robert Morris
(1931―2018)

アメリカの美術家。ミズーリ州カンザス・シティに生まれる。1960年代から1970年代にかけておこった芸術のさまざまな傾向、たとえばミニマル・アートアンチイリュージョン(名称は1969年、ホイットニー美術館で開催された展覧会名に由来する。作品における幻影的効果を排除し、鉄や木材繊維の塊など、素材をそのまま提示したり、また運動や制作の過程をそのまま作品とする傾向)、アースワークなどのすべてにかかわり、また芸術理論の執筆パフォーマンスやダンスの振付け、自身によるパフォーマンスなどもこなす多才さをもつ。

 カンザス市立大学で工学、ついで芸術を学ぶ。1951年にサンフランシスコに移り、カリフォルニア美術学校で学び、一時兵役についた後さらにオレゴンのリード大学で哲学を学ぶ。翌1952年サンフランシスコに戻り、おもに西海岸を活動の場とし、ダンス、即興劇、映画、絵画などを精力的に手がける。1961年ニューヨークに移り、彫刻の制作を始めるとともにハンター・カレッジに入学、美術史と美術批評を専攻する。このころからジャンルを問わず、西海岸出身の同世代の芸術家たちと交流を深める。そのなかには舞踊家イボンヌ・レイナーYvonne Rainer(1934― )、作曲家ラ・モンテ・ヤングらがいた。

 こうしたキャリアを背景に多種多様な作品が制作されるが、それでもそこにはつねに、人間の身体、とくにその行為や知覚についての考察が含まれている。この傾向は1960年代の作品に顕著である。たとえばマネの絵画作品『オランピア』(1863)を題材にしたパフォーマンス作品『場』(1964)は、この絵画と同じようにベッドに横たわった裸の女性の前を、モリスが白い板で遮(さえぎ)りながら歩くというもので、「見える/見えない」という関係に、「存在する/存在しない」という関係が重ね合わされていた。またパフォーマンス作品と並行して制作された、ごく単純な幾何形態をとる一連の立体作品は、モリスをドナルド・ジャッドやカールアンドレと並ぶミニマル・アートの作家として認知させることになる。それらの作品にしても、もともとはパフォーマンスやダンス作品で使う道具として構想されていたのを、そこから切り離して展開しなおしたものである。そしてモリス自身が1966年の彫刻論(『彫刻に関する覚え書き』Notes on Sculpture)でいうように、これら立体作品ではパフォーマーの行為ではなく観客の知覚や行為が問題となっている。それらの立体作品は、観客の視点の移動によって、また作者自身が日々作品の配置を変更することによって、見え方を劇的に変える。つまり、かつてパフォーマーがいた位置に、今度は作品の鑑賞者が立つことになるのである。

 そして1960年代の終わりになると、この単純な幾何形態は解体される。彼自身が「アンチ・フォーム」とよぶ一連の作品が登場する。それらはたとえば部屋中に散乱する金属や木、ゴムの切れ端であり、あるいは壁からだらしなく垂れ下がるフェルト、さらには地面に開けた四角い穴から吹きだす蒸気であったりする。そしてときにはそれらもまた、作者の手によって日々変更が加えられる。今度はぐにゃぐにゃ、ふわふわしたつかみどころのない形の知覚が問題になるのである。

 さらに1970年代には巨大な迷路の作品に移行、その後は『黙示録』を題材にした重々しいレリーフ作品を制作したかと思うと、1990年代の終わりには再びかつての迷路の再構築のような作品も制作した。めまぐるしく作風を変えはするものの、ある問題にきわめて知的・論理的に取り組んで一定の解答を得て、それを足がかりに次の問題へと移るという姿勢は一貫していた。

[林 卓行 2018年12月13日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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