ヤドカリ(読み)やどかり(英語表記)hermit crabs

改訂新版 世界大百科事典 「ヤドカリ」の意味・わかりやすい解説

ヤドカリ (宿借)
hermit crab

十脚目ヤドカリ科Diogenidae,ホンヤドカリ科Paguridae,オキヤドカリ科Parapaguridae,オカヤドカリ科Coenobitidae,ツノガイヤドカリ科Pylochelidaeに属する甲殻類の総称。ふつうは腹部が軟らかいため,その名のように巻貝に入るが,成長につれて入る貝の大きさを変えていく。ホンヤドカリでは自分の体の大きさに合わせ,はさみで貝の大きさを測り入る貝を決めるのが観察されている。

 ツノガイ類を宿貝とするツノガイヤドカリ類は二次的に腹部が左右相称になっているが,その他のヤドカリ類は腹部が曲がっており,一般に左側にのみ腹肢が残っている。体は1枚の甲に包まれた頭胸部および明りょうなくびれによって隔てられた腹部からなる。頭胸甲は前半部がよく石灰化している。頭部はエビやカニ類と同様に5節からなり,その付属肢は第1,第2触角,大顎(だいがく),第1,第2小顎で,後3対は口器である。胸部は8節で,口器となる第1~第3顎脚,1対のはさみ脚,2対の歩脚および体を貝殻に支持する2対の脚である。はさみ脚はつねに大きく,ヤドカリ科の多くの種とオカヤドカリ科では左が大きく,ホンヤドカリ科とオキヤドカリ科では右が大きく,ツノガイヤドカリ科とヤドカリ科の一部の種では左右同大である。左右で大きさが異なる場合ははさみが縦または斜めに開閉され,大きいほうで殻口にふたをする形になるが,左右同大の場合ははさみが横に開閉され,左右並んで殻口のふたとなる。最後の2対の胸部は小さく,先端がやすり状になっていて,巻貝の円面にしっかりおしつけている。腹部は一般に軟らかく,右側に曲がっている。腹部は6節と尾節からなる。生殖孔は雄では第5脚の底節に,雌では第2歩脚の底節に開口する。

 交尾後雌は産卵し,左側にのみ残る腹肢に卵をつける。卵はゾエア幼生として孵化(ふか)し,4~6期を経て後期幼生のグラウコトエになる。グラウコトエ幼生は成体形に近く,腹肢を使って泳ぐ。1回の脱皮によって幼体に成育し,本能的な走触性によって幼巻貝を求めて入る。

 陸生のオカヤドカリ類から深海産のオキヤドカリ科まで,また寒海系のホンヤドカリ科から熱帯系のヤドカリ科まで,生息場所は変化に富んでいる。オカヤドカリ科のヤシガニの成体のみは貝殻を利用しないが,磯から浅海にかけてのヤドカリ類はその環境に貝が多いため多くの巻貝を利用する。深い海になると巻貝が少なくなるため,代用として軽石や棒ぎれ,ゴカイ類の石灰質の棲管(せいかん)などに入るものも見られるようになる。また,カイメン腔腸動物のヤツマタスナギンチャクやイガグリガイなどと共生し,ヤドカリの成長とともにこれらも腹部を包んで成長して,一生宿替えをしない種もある。そのほか,宿貝の表面にイソギンチャクをつけて身を守っている浅海産のヤドカリ類やはさみ脚の掌部にイソギンチャクをつけ,それで殻口を閉じるトゲツノヤドカリのようなケースもある。いずれも互いに利益を受けている典型的な共生の例と考えられる。雑食性であるが動物質を好む。

 日本近海のサンゴ礁にはスベスベサンゴヤドカリCalcinus laevimanus,コモンヤドカリDardanus megistos,浅海にはオニヤドカリAniculus aniculus,ヨコスジヤドカリD.arrosorソメンヤドカリD.pedunclatus,磯にはホンヤドカリPagurus geminus,イソヨコバサミClibanarius bimacratusヤマトホンヤドカリP.japonicus干潟にはユビナガホンヤドカリP.dubiusが多い。

 釣餌にされ,またオカヤドカリなどは子ども相手に夜店などで売られる。またヤシガニは南洋の島々では貴重な食料とされてきた。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤドカリ」の意味・わかりやすい解説

ヤドカリ
やどかり / 宿借
hermit crabs

節足動物門甲殻綱十脚(じっきゃく)目に属するヤドカリ科、ホンヤドカリ科、オカヤドカリ科、ツノガイヤドカリ科、オキヤドカリ科の動物の総称。形態的にはエビとカニの中間に位置し、十脚目を長尾類(エビ)、異尾類(ヤドカリ)、短尾類(カニ)の亜目に分けるのはこのためである。また、十脚目を遊泳、歩行の二亜目に分けるとすれば、ヤドカリは歩行亜目に含まれる。一般に頭胸甲はよく石灰化しているが、腹部は大きくて軟らかい。腹部を巻き貝に入れて保護しており、貝のねじれに応じて右に巻き、右側の腹肢は退化している。しかし、ツノガイや軽石などを利用するツノガイヤドカリ科では二次的に左右相称となり、また例外的にはホンヤドカリ科のカイガラカツギ類Porcellanopagurusなどは二枚貝の半片を背負う習性があり、腹部は短小で、曲がっていない。オカヤドカリ科のヤシガニBirgus latroでも、同様に腹部は見かけ上左右相称で、幼個体は巻き貝に入るが、大形の成体は巻き貝を利用することはなく、腹部の背面は石灰化している。1対のはさみ脚(あし)をもつことはすべてのヤドカリに共通であるが、一般に北方系のホンヤドカリ科と深海系のオキヤドカリ科では右大、南方系のヤドカリ科とオカヤドカリ科では左大である。2対の歩脚は長大であるが、続く2対の脚は短く、先端がやすり状の粗面となっており、これを貝殻の内面に押し付けて、同様のやすり状構造をもつ尾肢とともに腹部の保持に役だつ。腹肢の数は3本か4本で、これらに卵がつけられる。卵はゾエアとよばれる幼生で孵化(ふか)し、約1か月間の浮遊生活ののちにグラウコトエとよばれる幼生を経て小さなヤドカリになり、底生生活に移る。

 世界に約700種が知られているが、日本産は約100種である。外洋性海岸にもっとも普通にみられるのがホンヤドカリPagurus geminusで、反対に内湾性の干潟の代表種がユビナガホンヤドカリP. dubiusである。磯(いそ)には巻き貝が多く、ヤドカリは成長とともに大きな貝にかえるが、浅海泥底にすむイガグリホンヤドカリP. constansのようにカイウミヒドラの群体に包まれて宿替えをしないものもある。また、浅海の岩場にすむソメンヤドカリDardanus pedunculatusなどのように、貝殻の表面にイソギンチャクをつけて防御している例も多い。イソギンチャクも積極的に貝につくことから、真の共生と考えられる。

[武田正倫]

民俗

琉球(りゅうきゅう)諸島では、ヤドカリは人間の起源の神話の主役になっている。この地方では、明治初期まで女性の手にいれずみをする風習があり、一般に左手のくるぶしのところに入れる星形のいれずみをアマン(ヤドカリ)とよんだが、沖永良部(おきのえらぶ)島では、先祖がヤドカリから生まれ、自分たちはその子孫なので、ヤドカリのいれずみをすると伝える。石垣島では、昔の世をアマンユーというのは「ヤドカリの世」という意味であるといい、ヤドカリがアダンの実を食べたために変生したのが人間であると伝えている。

[小島瓔


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百科事典マイペディア 「ヤドカリ」の意味・わかりやすい解説

ヤドカリ

十脚目異尾類のうち,ヤドカリ上科とホンヤドカリ上科の甲殻類の総称。普通,巻貝の空殻に入って生活し,成長に伴い大きな貝殻に引っ越す。このため腹部の外骨格が退化して柔軟になり,付属肢も多くは退化の途上にあって貝殻の巻きに応じて左右不相称となっている。第1胸脚は大きなはさみ脚を形成。はさみ脚に続く2対の歩脚は強大だが,あとの2対は小さい。卵はゾエア,グラウコトエ幼生を経て成体になり,陸生の類もこの時期は海で過ごす。種類が多く,海岸に普通にみられるホンヤドカリ(甲長1cm),日本特産種のヤマトホンヤドカリ(甲長2.5cm),イソギンチャクと共生するソメンヤドカリ(甲長4.5cm)などがある。→オカヤドカリ
→関連項目カニ(蟹)

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