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ラ・サール Jean Baptiste de La Salle

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世界大百科事典 第2版の解説

ラ・サール【Jean Baptiste de La Salle】

1651‐1719
フランスカトリック司祭,教育者。ランス司法官の家に生まれ,1678年僧籍に入る。当市に女子教育を目的とする〈聖なる子イエスの修道女会〉を設立したロランNicolas Rolandの遺志に従い,この教団の指導にあたり,教員の募集と養成に力を尽くした。81年に自宅で貧民の児童のための無月謝学校を開設し,84年にはこれを母体として〈キリスト教学校修士会〉なる教育修士会を設立し,全財産を投じてキリスト教主義教育を行った。

ラ・サール【Robert Cavelier de La Salle】

1643‐87
フランスの探検家。ルーアン近郊に生まれ,初めイエズス会に属したが,1667年修道士を免ぜられたため北アメリカのフランス植民地に渡航,以後生涯の大部分を五大湖地域とミシシッピ川の探検に費やした。1669年に第1回の探検を行った彼は,78年以降,国王ルイ14世からの正式の命を受けて本格的な探検に入り,82年,五大湖からイリノイ川を経てミシシッピ川を下り,初めてその河口まで達した。彼は河口一帯をルイ14世にちなんでルイジアナと名づけ国王に献上したが,新しい植民地総督が彼に敵対したため,彼の探検は正当な評価を受けられなかった。

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世界大百科事典内のラ・サールの言及

【宗教教育】より

…フランスでは,ナントの王令がルイ14世によって1685年に廃止されるが,ユグノーに対する弾圧はそれ以前から始められ,ユグノーの子どもに対する改宗教育政策が進められた。ルーアンにキリスト教学校修士会を創設したJ.B.ラ・サールやリヨンのC.デミアによる宗教教育を中心とした貧民の無償教育も,この政策に呼応したものであった。女子修道会〈新カトリック〉を指導したフェヌロンの《女子教育論》(1687)も,貴族の娘たちをキリスト教の立場から良妻賢母として育成することを目的としたものであった。…

※「ラ・サール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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