リオタール(Jean-François Lyotard)(読み)りおたーる(英語表記)Jean-François Lyotard

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

リオタール(Jean-François Lyotard)
りおたーる
Jean-François Lyotard
(1924―1998)

ポストモダニズム」の旗手とよばれるフランスの哲学者。1924年ベルサイユに生まれる。パリ第八大学哲学科教授、国際哲学学院の学院長を歴任した。

 メルロ・ポンティの哲学的影響のもとに書かれた、クセジュ文庫の『現象学』を最初の著作として思想界にデビューした。その後マルクス主義の反スターリン主義グループの雑誌『社会主義か野蛮か』に参加し、アルジェリア解放運動に身をおいた。

 一方、彼は絵画美学を中心とする芸術に関心を示し、『ディスクールフィギュール』(1971)では、芸術は無意識のフィギュール(姿、顔つき、形などの視覚的な意味を帯びた形象)のありようであり、リビドー(性的欲動エネルギー)と同じように調和を解体する力であるとする。したがって芸術のフィギュールはディスクール(言説)の次元にはない。つまり、芸術、無意識は言語の外部をさし、言語化に反発するものである、とする。

 『リビドー経済』(1974)では、さらにこの考えを推し進め、現実のすべてを「リビドー身体」としてとらえ、世界を考察する。この書は、ポスト構造主義的思考への転回点を示し、ドルーズの「ノマドロジー」(遊牧論)を誘導する。リオタールは、現代は「大きな物語」grand récitが消え、歴史の終焉(しゅうえん)に入ったと考える。普遍性が破壊されたこの状況下では、「小さな無数のイストワール(物語=歴史)が、日常生活の織物を織り上げ」(『ポスト・モダン通信』)、言説は多様化する。

 こうした「言説の多様性」の主張は、『ポスト・モダンの条件』(1979)で、「言語ゲーム」という、リオタールのキーワードとなって表れる。ウィットゲンシュタインの「ゲームの理論」に由来するこの主張によれば、多様化した言説は、テクノロジー発達により、コンピュータを通して「情報ゲーム」となるだろうと予測している。

 『ポスト・モダン通信』(1986)は、リオタールがしたためた10通の手紙を編集したものである。「ポスト・モダンとは何か?」という問いに対する答えで始まるこの書は、社会通念を打ち破る「アバンギャルド(前衛的)な思想」を追求する。「モダニティ」(近代性)とは「崇高の美学」を提供するものであり、一つの時代ではなく、「思考」「言表行為」「感受性」のあるモード(様式)を示すものであるが、「ポスト・モダン」とは、何よりも「モダン」という「大きな物語」の終焉を宣言することであった。つまり、「モダン」モードである「規定的判断」によっては判断されえない、複雑化した、行き着く先のわからない漂流のなかにいる様態がポスト・モダンであるとするリオタールは、この様態に対する問題を提起し続けてきたのである。

[平野和彦 2015年6月17日]

『ジャン・F・リオタール著、今村仁司他訳『漂流の思想――マルクスとフロイトからの漂流』(1987・国文社)』『管啓次郎訳『ポストモダン通信――こどもたちへの10の手紙』(1988・朝日出版社)』『ジャン・F・リオタール著、睦井四郎他訳『文の抗争』(1989・法政大学出版局)』『小林康夫訳『ポスト・モダンの条件』(1991・水声社)』『ジャン・F・リオタール著、本間邦雄訳『リオタール寓話集』(1996・藤原書店)』『杉山吉弘・吉谷啓次訳『リビドー経済』(1997・法政大学出版局)』『ジャン・F・リオタール著、三浦直希訳『言説、形象(ディスクール、フィギュール)』(2011・法政大学出版局)』『高橋允昭訳『現象学』(白水社・文庫クセジュ)』『マンフレート・フランク著、岩崎稔訳『ハーバーマスとリオタール』(1990・三元社)』

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