日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
リチャードソン(Samuel Richardson)
りちゃーどそん
Samuel Richardson
(1689―1761)
イギリスの小説家。学校教育はほとんどなく、若くしてロンドンの印刷業者の徒弟となる。仕事に励み、やがて独立してついに出版業組合長になり、国会関係の印刷物を引き受けるほど成功した立志伝中の人である。同業者から教訓書を兼ねた模範書簡集を書くように勧められ、軽い物語風の脚色をした手紙集を執筆するうちに、新しい形の物語の可能性についてヒントを得た。手紙集を一時中止してとりかかり、1740年発表したのが小説『パミラ』である。彼はこのとき50歳を過ぎていた。この作品に盛られた教訓にやや功利的な点もあってかなりの批判、パロディーが現れ、彼はそれらに答える意図もあって『パミラ』第二部も書いている。そういう批判を踏まえ、より大きな構想をもって書かれたのが大作『クラリッサ』(1747~48)で、これで彼の作家としての名声は確立された。
彼は社交界に出入りするようになり、とくに彼を取り巻く女性崇拝者のグループは彼の虚栄心を満足させたようである。これまでの二作は女主人公をめぐり結婚問題を中心とする筋であったが、女性崇拝者たちから、理想的男性を描いてもらいたいと求められ、彼は今度は『サー・チャールズ・グランディソン』(1753~54)を書いた。男性の模範ともいうべきサー・チャールズがイギリスとイタリアの若い女性に恋され、新教とカトリックの間にたって迷うという話であるが、教訓調があまりに強く、著者の自己満足に陥る場合が多くて、小説としてはあまりみるべきところはない。彼の作品は新しい市民階級の気分にあって愛読された。ドイツでは新しい市民悲劇の成長を促し、フランスではディドロやルソーに深い影響を与えた。市民道徳と写実を特色とする初期イギリス小説は、デフォーに続く彼の出現によって確立された。
[岡 照雄]