ロートレアモン(読み)ろーとれあもん(英語表記)Comte de Lautréamont

精選版 日本国語大辞典 「ロートレアモン」の意味・読み・例文・類語

ロートレアモン

(Comte de Lautréamont コント=ド━) フランスの詩人。本名、イジドール=デュカス既成価値破壊、戦慄的な幻覚の美を創造し、シュールレアリスム先駆者とされる。著作「マルドロールの歌」など。(一八四六‐七〇

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デジタル大辞泉 「ロートレアモン」の意味・読み・例文・類語

ロートレアモン(Comte de Lautréamont)

[1846~1870]フランスの詩人。本名、イジドール=デュカス(Isidore Ducasse)。悪と反抗テーマに豊かな感受性で苦悩と幻想の世界をうたった散文詩集「マルドロールの歌」により、シュールレアリスムの先駆者とされる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロートレアモン」の意味・わかりやすい解説

ロートレアモン
ろーとれあもん
Comte de Lautréamont
(1846―1870)

フランスの詩人。本名イジドール・デュカス。ウルグアイの首都モンテビデオに生まれる。中等教育は父母の故郷であるフランス南西部のタルブ、ついでポーで受ける。そのあとパリに出、理工科大学校(エコール・ポリテクニク)受験を準備していたと思われるが、詳細は不詳。1870年11月23日、孤独のうちに死んだが、その状況も明らかでない。彼の残した作品としては、ロートレアモン伯爵の筆名による長編散文詩『マルドロールの歌』(1869作)と小冊子『ポエジー』Ⅰ・Ⅱ(イジドール・デュカス著、1870)があるだけである。悪と反抗をうたう過激な書『マルドロールの歌』は1868年に「第一の歌」のみ発行、翌年全体(「第一の歌」から「第六の歌」まで)が印刷されたが、検閲を恐れて配本されなかった(没後1874発売)。『ポエジー』は、きたるべき詩の「新しき学」を目ざすアフォリズム集のごときものであるが、字句、内容に『マルドロールの歌』と組織的に対立するところがあるため、その意図、解釈をめぐってさまざまな議論がなされてきた。

 19世紀においてほとんど読まれることのなかった彼の作品は、20世紀に入って、主としてシュルレアリストたちによって「発見」され、以後、現代の「テル・ケル」派(ソレルス、プレネ、クリステバら)に至るまで、一種越えがたい極限を示す言語として、ランボーアルトー、ジョイスなどとともに、現代の作家たちから仰ぎみられる存在になった。

[豊崎光一]

『栗田勇訳『ロートレアモン全集』全1巻(1968・人文書院)』『マルスラン・プレネ著、豊崎光一訳『彼自身によるロートレアモン』(1979・白水社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ロートレアモン」の意味・わかりやすい解説

ロートレアモン
Comte de Lautréamont
生没年:1846-70

フランスの詩人。本名はデュカスIsidore-Lucien Ducasse。南アメリカのウルグアイのモンテビデオに生まれた。両親ともフランス人で,父親はモンテビデオ駐在のフランス総領事書記,母親はイジドール誕生後1年で他界した。彼の生涯の詳細はほとんど不明で,近年高校時代の写真が1葉発見されて大きな話題を呼んだが,それまでは肖像も知られていなかった。わずかにわかっているところでは,14歳で単身フランスに渡り,タルブ,ポーの高等中学校(リセ)で学んだのち,65年ころパリに現れて下宿を転々,66年ころから創作に熱中したが,無名のまま70年末に24歳の生涯を閉じた。死後も長く埋もれたままであったが,20世紀に入ってブルトン,アラゴンらのシュルレアリストたちによって激賞されて以来,シュルレアリスムの先駆者として,またランボーと並ぶ天才詩人として一躍有名になった。自費出版の散文詩集《マルドロールの歌Chants de Maldoror》(1869)は,六つの部分から成り,悪の化身マルドロールを主人公に,神への反逆と呪詛,人類への愛と憎悪を激越な言葉で歌い上げているが,そこでは奔放な幻想と数学的な正確さ,深層心理的情念の噴出と即物的表現とがふしぎな一致をみせている。一方,本名で出版された《ポエジー,未来の書の序》(1870)は,一転して善行と信仰をたたえ,絶対的肯定の態度を表明していて,彼の謎の一つとなっている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロートレアモン」の意味・わかりやすい解説

ロートレアモン
Lautréamont, Comte de

[生]1846.4.4. モンテビデオ
[没]1870.11.24. パリ
フランスの詩人。本名 Isidore Ducasse。ウルグアイ駐在の領事館員の子として生れ,早く母を失う。パリのエコール・ポリテクニク (国立高等理工科専門学校) 受験のため単身フランスに渡り,タルブ,ポーのリセ (高等中学校) を経てパリに定住。 1868年散文詩集『マルドロールの歌』 Les Chants de Maldoror第1歌を匿名で自費出版したが認められず,孤独のうちに残る5歌を完成,69年上梓にこぎつけたが,不穏な内容を憂慮した出版者が一方的に発売を中止した。さらに本名で『詩学断想』 Poésies: Préface à un livre futur (1870) と題する2冊の小冊子を発表したが,これもまったく反響を呼ばず,モンマルトルの下宿屋で 24年の生涯を閉じた。第1次世界大戦後,シュルレアリストたちの絶賛を受け,近代詩の偉大な先駆者の一人に数えられる。自己の生活の記録を意識的に抹消しようとしたらしく,その生涯に関しては不明な点が多い。

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百科事典マイペディア 「ロートレアモン」の意味・わかりやすい解説

ロートレアモン

フランスの詩人。本名イジドール・リュシアン・デュカスIsidore-Lucien Ducasse。南米ウルグアイのモンテビデオ生れ。14歳の時単身渡仏し,リセで学んだのち詩作を手がけるが,無名のまま24歳で没した。死後も長らく埋もれたままであったため,その生涯には謎が多い。悪の化身マルドロールを主人公に神への反逆,人類への憎悪を激しい調子で語る散文詩集《マルドロールの歌》(1869年)は言語に対する大胆な企てとしてシュルレアリストによって賞讃された。〈解剖台の上のミシンとコウモリ傘の出会いのように美しい〉という詩句は広く知られる。ほかに本名で刊行された《ポエジー,未来の書の序》(1870年)があり,ここでは一転して善行と信仰をたたえる肯定的な形式をとりつつ,激しいレトリックによって詩と言語表現の可能性を問うている。
→関連項目ミショー

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