朝日日本歴史人物事典 「三浦安」の解説
三浦安
生年:文政12.8.18(1829.9.15)
幕末の紀州(和歌山)藩士,明治の官僚。通称休太郎。紀州藩の支藩伊予西条藩(愛媛県)藩士小川武貴の子に生まれ,徳川慶福(家茂)の将軍継嗣擁立にかかわり,紀州藩に籍を移されて藩要路に上る。慶応3(1867)年4月,藩船明光丸が海援隊操縦のいろは丸を沈没させる事件が発生,折衝して賠償金を支払う。同年11月坂本竜馬暗殺があり,その犯人とみなされ,陸奥宗光ら海援隊士に襲われて負傷。明治3(1870)年藩政に復帰,のち新政府に出仕。元老院議官,貴族院議員,東京府知事,宮中顧問官を歴任した。
(井上勲)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報