三芳(読み)みよし

改訂新版 世界大百科事典 「三芳」の意味・わかりやすい解説

三芳[町] (みよし)

埼玉県南部,入間郡の町。人口3万8706(2010)。武蔵野台地北東部に位置し,所沢市の北東に接する。江戸時代に平地林を切り開いて開拓された新田集落が多く,なかでも上富(かみとめ)は,所沢市に属する中富,下富とともに,元禄年間(1688-1704)に三富(さんとめ)新田として開拓されたもので,武蔵野台地の代表的新田集落として知られる。東武東上線鶴瀬駅へのバスの便がよく,都内への通勤に便利なため,1960年代後半から人口が増加した。国道254号線沿いに食品,電機,自動車などの工場が進出している。サツマイモのほか,ニンジンなど根菜類を中心にした野菜産地でもある。上富には開拓当初の短冊形地割りやケヤキ並木が残り,三富開拓農家の菩提寺として建てられた多福寺がある。
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三芳(千葉) (みよし)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「三芳」の意味・わかりやすい解説

三芳
みよし

千葉県南部,南房総市中部の旧村域。房総半島南部に位置する。 1953年稲都村,滝田村国府村の3村が合体して三芳村成立。 2006年富浦町,富山町,白浜町,千倉町,丸山町,和田町と合体して南房総市となった。中世には安房国国府が置かれ,近世には江戸幕府直轄地となった。館山地溝帯の中部を占め,米作を中心に酪農果樹栽培,野菜の施設栽培が行なわれる。

三芳
みよし

愛媛県東部,西条市北部の旧町域。燧灘に面する。 1971年壬生川町と合体して東予町,1972年東予市となり,2004年3市町と合体して西条市となった。今治街道 (国道 196号線) 沿いの宿場町。大明神川の扇状地上で米作,西部では果樹の栽培と畜産を行なう。瀬戸内海国立公園に属する。

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