中村 仲蔵(3代目)(読み)ナカムラ ナカゾウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

中村 仲蔵(3代目)
ナカムラ ナカゾウ


職業
歌舞伎俳優

別名
初名=中村 鶴蔵(初代),俳名=雀枝,秀雀,舞鶴,秀鶴

屋号
成雀屋,舞鶴屋

生年月日
文化6年

出生地
江戸(東京都)

経歴
父は浅草旅宿の番頭村田市兵衛。母は志賀山流舞踊師匠・11代目志賀山勢以。2歳で父を亡くし母の望む振付師を嫌って、文化11(1814)年5代目中村伝九郎(のち12代目勘三郎)の門人(のち女婿)となる。中村鶴蔵と名乗り、文政1(1818)年11月江戸中村座で初舞台を踏む。12年上方に行き、11月京北側芝居につとめ、のち諸国へ旅芝居に出る。天保9(1838)年4代目中村歌右衛門と共に江戸に戻る。安政1(1854)年「松扇杏鶴亀曽我」に表方清水屋源七に勧められて名題に昇進。慶応1(1865)年10月市村座「芦屋道満大内鑑」で3代目中村仲蔵を襲名。明治8年13代目中村勘三郎が借財のため引退した後を受け、一時中村座の名義人になって興行に携わる。後年は9代目市川団十郎や5代目尾上菊之助らの相手役をつとめ、古老として一目おかれた。19年6月中村座の新築落成の舞台開きに一世一代の口上を述べ、舞台より引退。への字形の厚い唇で“鰐口”などとあだ名されたが、時代物・世話物に適し実悪・老役を本領とした。また母親ゆずりの舞踊にもすぐれ、当たり役は「忠臣蔵」の九太夫、「髪結新三」の家主長兵衛、舞踊で「種蒔き三番」など。一方、文筆にも通じ著書に自伝の「手前味噌」「秀鶴日記」、句集「絶句帖」がある。中村勘三郎の14代目に数えられている。

没年月日
明治19年 12月24日 (1886年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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