日本大百科全書(ニッポニカ) 「丸山(旧町名)」の意味・わかりやすい解説
丸山(旧町名)
まるやま
千葉県南部、安房郡(あわぐん)にあった旧町名(丸山町(まち))。現在は南房総市(みなみぼうそうし)の北部東寄りの地域。安房丘陵の山間地域に位置し、太平洋に面する。1955年(昭和30)豊田(とよた)、丸の2村と千倉(ちくら)町の一部が合併して町制施行。2006年(平成18)、安房郡富浦町(とみうらまち)、富山町(とみやままち)、三芳村(みよしむら)、白浜町(しらはままち)、千倉町(ちくらまち)、和田町(わだまち)と合併して市制施行、南房総市となった。地名は中央を流れる丸山川に由来する。旧町域は海岸線をJR内房(うちぼう)線が通り、国道410号と128号が交差する。平安時代末期に丸氏が丸城を築き、以後400年間この地を支配したが、戦国時代里見氏に交代し、江戸時代初期に幕府直轄地となった。北部に県最高峰で標高408メートルの愛宕山(あたごやま)がそびえ、近くの県営嶺岡牧場(みねおかぼくじょう)は、幕府の牧(まき)が置かれた所で、県指定史跡の日本酪農発祥地の碑がある。酪農がもっとも盛んで、パセリ、レタスなどの野菜生産や米作がこれに次ぐ。行基(ぎょうき)の開いた石堂寺(いしどうじ)の本堂・薬師堂、旧尾形家住宅は国の重要文化財に、賀茂(かも)神社の加茂(かも)の三番叟(さんばそう)は選択無形民俗文化財に指定されている。
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『『丸山町史史料集』(1986・丸山町)』