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二・一スト にいちスト

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世界大百科事典 第2版の解説

にいちスト【二・一スト】

1947年2月1を期し官公庁労働者が計画したが,その前日にマッカーサー最高司令官の命令で禁止された幻のゼネラルストライキ。1946年の10月闘争後,官公庁労働者は最低基本給600~650円,越年資本金本人1200~1500円などの要求をそれぞれ各官庁に提出,11月26日には国鉄,全逓,全教組,全官公労協,全公連(全国公共団体職員労働組合連合会)の5組合156万人が全官庁共同闘争委員会(共闘,議長伊井弥四郎)結成した。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の二・一ストの言及

【ゼネスト】より

… 日本では,全国的ゼネストが行われたことはかつてない。第2次大戦敗北後の1947年2月1日に,二・一ストがゼネストとして計画されたことがあるが,直前になってマッカーサー命令で中止された。ストライキ【遠藤 公嗣】。…

【労働運動】より

… 戦後の労働運動は,敗戦から今日にいたるまで企業別組合をベースにして展開してきたにもかかわらず,時代によって運動の様相は転変してきた。やや大きな区切り方をすれば,(第1期)急激な組織化をてことする〈経営民主化〉運動の進展をみたのち,二・一ストの挫折を契機として運動の分裂・後退をみるにいたった時期(1945‐50),(第2期)サンフランシスコ体制の形成のもとで労働組合が再生しはじめ,春闘体制の形成をみた時期(1951‐60),(第3期)春闘体制の全面化にもかかわらず,民間大企業における能力主義管理のもとで,職場の労働運動が活力を失っていった時期(1961‐74),(第4期)石油危機のもとで〈管理春闘〉化が進展するなかで,民間大企業労働組合を軸とする戦線統一運動の進展をみるようになった時期(1975‐89),(第5期)新しいナショナルセンターとしての連合の成立をみ,〈総合生活闘争〉が進められるようになった時期(1989‐ ),およそ以上五つの時期に分けることができよう。
[第1期(1945‐50)]
 (1)日本は1945年8月,敗戦によってアメリカの占領下におかれることになったが,占領軍によって〈非軍事化・民主化〉政策が推進され,その一環として同年12月には労働者の団結権を日本の歴史上はじめて公然と認めた労働組合法が制定されるという状況のもとで,45年の秋以降,労働組合の結成が急激に進展し,争議も頻発するようになった。…

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