交通投資(読み)こうつうとうし

改訂新版 世界大百科事典 「交通投資」の意味・わかりやすい解説

交通投資 (こうつうとうし)

交通サービス衣食住と並んで,われわれの生活の基本的部分を構成している。個人の欲求が多様化し,産業構造に大きな変化がみられる今日,これに対応した交通サービスへの要請はますます高まっている。交通投資は交通サービスのための資本形成であるが,その果たす役割は現代社会においていっそう大きくなっているといえよう。交通サービスの水準は,交通事業者の自由裁量だけにゆだねておいたならば十分とはなりにくい。したがって,そこに政府ないし政府関係機関が介在してくるのが一般的である。交通サービスの供給には,(1)鉄道線路道路,空港,港湾等の通路ターミナル,(2)鉄道車両,自動車,航空機,船舶等の交通用具,(3)交通用具を稼働させるための動力,(4)運行管理が必要とされ,そのすべてが整えられなければならないが,交通投資といった場合には,多くの資本を要する通路,ターミナルの基礎施設(インフラストラクチャー)がその対象となる。線路を自ら建設する鉄道の場合を除いては,インフラストラクチャーへの投資主体と利用主体とは異るのが普通である。

 交通投資は社会に以下のような大きな影響を及ぼす。投資が大規模で長期にわたる傾向があるため,通路,ターミナルの建設自体が建設資材等の需要を引き起こす。また投資によって整備された施設を利用する者には,輸送費用の節約,輸送時間の短縮,快適性・便宜性・正確性の増大の効果がもたらされ,直接利用しない者にとっても土地価格の変化等の影響が生じる。経済距離の短縮によって地域開発も進む。一方,空港,道路,鉄道が建設された地域の住民にとっては,大気汚染騒音,振動などの好ましからざる現象ももたらされる。このようなプラス面,マイナス面を含む交通投資のもたらす効果は大きくかつ多方面に及ぶため,インフラストラクチャーの整備の多くは,たとえば〈新全国総合開発計画(数次の改訂を経ている)〉といった中央計画の一環として行われる。より具体的には,これらの中央計画を受け,道路整備五ヵ年計画(1954年より),港湾整備五ヵ年計画(1961年より),空港整備五ヵ年計画(1967年より)によって行われている。これらの五ヵ年計画は予想外の経済情勢の変化とそれに伴う交通量の増大に直面し,実際には計画途中で改訂されることが多い。想定される交通量をより正確に把握することは,交通投資にとっての大きな課題である。また交通投資の性格上,これを実施する場合の基準をより明確にしておくことが要請される。それには投資に要する費用と,投資の結果社会に生ずる効果(通常は便益benefitと呼ばれる)とを対比させる方法が用いられる。これはある投資の是非を検討する場合や,複数の投資対象の順位を決定する場合に有用である。たとえばドイツにおいては,交通投資に当たって費用・便益分析が義務づけられている。交通投資の便益が客観的に正確に計測されにくいということなどのため,費用・便益分析の有効性に疑問も寄せられてはいるが,大規模な投資の選択に有力な情報を提供しうるものと考えられ,多くのケースで適用されている。日本での先駆的な代表例は,名神高速道路建設の際に,日本道路公団が世界銀行への借款資料作成のために行ったケースである。また投資基準の問題とともに,交通投資にとっての重要な検討課題は,膨大な投資資金の調達方法である。交通サービスに対する運賃・料金だけに資金源を求めるには限界があり,一般財源の投入が行われ,さらには,たとえば道路投資財源には揮発油税軽油引取税等の目的税が充当されている。通常はこれらの組合せによって投資資金の調達がはかられているが,いかなる組合せが好ましいかは,調達方法の長所と短所に依存し,議論の対象とされているのが実情である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「交通投資」の意味・わかりやすい解説

交通投資
こうつうとうし

道路、鉄道、空港、港湾などの交通社会資本(インフラ)の建設に資金を投入し、それらの整備を行うこと。運送会社がトラックを購入したり、バス会社が営業所を新設したりすることなどは、その企業からみれば投資であるが、これらは通常交通投資には含まれない。

 交通投資には、小規模なものでは道路の交差点改良事業から、大規模なものではいわゆるリニア中央新幹線の建設までいろいろなものがある。それらは総じて社会的な影響が大きいために、政府や地方自治体がその整備に関与することが多く、そのためいわゆる「公共事業」として位置づけられることが多い。そのマクロ経済的な影響を期待して、政府が雇用拡大や景気刺激のために交通投資を行うこともある。また、大規模な交通投資の場合は必要となる資金が多額に上り、交通需要予測も不安定になりやすいのでリスクが高く、民間企業に任せておいては交通投資が進まない場合もある。

 一般道路への投資は税金が投入されるし、大規模交通投資の場合には政府からの補助金なども多額になるので、その交通投資が社会的にみて望ましいものであるかどうかを事前にチェックする必要がある。そのために、費用対効果分析を行って、その投資が適切なものであるかどうかを見極めることが義務づけられている。分析に使用される代表的な手法は費用・便益分析であるが、そのほかにも空間的応用一般均衡分析などの手法も併用されることがある。

 交通投資については、財政制約の厳しい政府では資金面の不足が懸念され、また公的部門による投資では民間部門が有する経営センスの欠如が懸念されるために、民間の資金とその活力を導入しようとPFI手法が交通投資にも多く取り入れられつつある。

 日本の場合は、経済が成熟し、高速道路、新幹線や空港などは、ほとんどネットワークが完成したといわれることがある。しかしその一方で、すでに建設された施設の老朽化が進んでおり、それらの更新を含めて交通投資をどのように進めるのかが今後の課題となっている。

[竹内健蔵]

『山内弘隆・竹内健蔵著『交通経済学』(2002・有斐閣)』『杉山武彦監修、竹内健蔵・根本敏則・山内弘隆編『交通市場と社会資本の経済学』(2010・有斐閣)』

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