享保金銀(読み)きょうほうきんぎん

百科事典マイペディア 「享保金銀」の意味・わかりやすい解説

享保金銀【きょうほうきんぎん】

江戸時代,享保年間(1716年―1736年)に鋳造・流通した貨幣正徳(しょうとく)金銀に引き続いて,徳川吉宗(よしむね)も良貨策をとり同質の享保大判小判・一分(いちぶ)金・丁(ちょう)銀・豆板(まめいた)銀を造った。しかし良貨策によって貨幣流通量が減少し,景気沈滞,1736年再び貨幣悪鋳(元文(げんぶん)金銀)による通貨政策に転じた。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「享保金銀」の解説

享保金銀
きょうほうきんぎん

江戸幕府正徳金銀を踏襲して,享保期(1716~36)に鋳造・発行した金銀銀貨正徳期とまったく同じ品位で鋳造が続けられた。金貨は正徳期の武蔵小判が旧貨である宝永期の乾字金(けんじきん)と同品位(84.29%)のために引替えが進まなかったので,改定後の慶長金と同一の86.79%で鋳造された。大判元禄大判が回収され,慶長大判の品位に改鋳された(享保大判)。この良貨政策は,市場での貨幣需要に見合う金銀素材量を無視して進められたため,当初はきめ細かな割合遣い令を発して,新旧貨幣を併用せざるをえなかった。しかも新貨が物価表示の基準となった享保10年代には,深刻な物価下落と経済不況が生じ,元文改鋳を余儀なくされた。

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改訂新版 世界大百科事典 「享保金銀」の意味・わかりやすい解説

享保金銀 (きょうほうきんぎん)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「享保金銀」の意味・わかりやすい解説

享保金銀
きょうほうきんぎん

正徳・享保金銀」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の享保金銀の言及

【正徳・享保金銀】より

…銀貨についても同じ時期に享保丁銀,豆板銀を発行した。そのほか25年には享保大判が鋳造された(享保金銀)。また1715年から25年にかけて佐渡国で造られた正徳佐渡小判,一分金または享保佐渡小判,一分金と称えられる金貨が見られる。…

※「享保金銀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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