人口論(読み)じんこうろん

精選版 日本国語大辞典 「人口論」の意味・読み・例文・類語

じんこうろん【人口論】

(原題An Essay on the Principle of Population) 経済学書。マルサス著。一七九八年刊。第六版まであり、初版と第二版以下とは内容に大きな相違がある。人口自然増加は食物生産増加率と比例しないゆえ、貧困、罪悪が必然的に生じると社会的改善の困難ないし不可能を論述。二版以下は食料不足による人口増加妨害を各国資料統計によって具体的に裏づけ、道徳的抑制による予防措置を提示し、初版の悲観的結論を緩和している。

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デジタル大辞泉 「人口論」の意味・読み・例文・類語

じんこうろん【人口論】

《原題An Essay on the Principle of Population》経済学書。マルサス著。1798年刊。「人口の原理」ともいう。人口は幾何級数的に増加するが食糧は算術級数的にしか増加しないから貧困と悪徳が発生し、この両者が人口増加の抑制要因としてはたらくと説き、第2版では人口対策として道徳的抑制を推奨した。

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改訂新版 世界大百科事典 「人口論」の意味・わかりやすい解説

人口論 (じんこうろん)

イギリスの古典派経済学者T.R.マルサスの主著。初版のタイトルは正確には《人口の原理に関する一論,それが社会将来の改善におよぼす影響,ならびにゴドウィンコンドルセ,その他の著作家たちの思索についての所見》(匿名,1798)で,フランス革命に触発されたW.ゴドウィンらの平等社会論を攻撃した論争書であり,その理論的武器が〈人口原理〉であった。人口原理は,生存資料を超えて増加しようとする人口の力であり,それが必ず人間社会に罪悪と窮困をもたらすので,平等社会の実現は不可能であるとマルサスは強調した。初版から5年後,《人口論》第2版が登場した。書名も《人口の原理に関する一論,人類の幸福に対するその過去および現在の影響に関する一見解,ならびにそれが引き起こす諸悪の将来の除去あるいは軽減に関するわれわれの見通しについての一研究》(1803)と改められ,著者名も明記された。内容も4倍近くに膨張し,学術書へと変貌した。その後,第3版(1806)以降,生前最後の第6版(1826)まで改訂の努力が続けられたが,最大の修正は第2版における道徳的抑制の導入であった。これは,人口原理をみずからの力で,しかも道徳的に克服しうる方法であり,反対者からは論理矛盾だとして批判されたが,マルサス自身はそれが私有財産制と相続制のもとでのみ機能しうると主張して,平等社会論に対する攻撃の手をゆるめなかった。

 人口原理は,リカードやJ.S.ミルに強く支持されて経済理論体系の主柱となる一方,ダーウィン進化論や哲学,社会学など思想界全般に多大の影響を与えた。マルクスをはじめ多数の反対者もいるが,19世紀末から新マルサス主義に変形して今日も生きつづけている。日本では,明治初年に元野助六郎や大島貞益によって内容がはじめて紹介された。翻訳は三上正毅による部分訳(1910)を皮切りに,今日まで20種近くを数える。その半数は初版の訳,他の多くは第6版の訳である。
人口法則 →マルサス主義
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百科事典マイペディア 「人口論」の意味・わかりやすい解説

人口論【じんこうろん】

人口問題に関するマルサスの著書。初版タイトルでは《人口の原理に関する一論,それが社会将来の改善に及ぼす影響……An essay on the principle of population……》。1798年の初版では,人間の生存資料を産出する土地の生産力は有限であり,性欲は不変であるとの前提から,制限されなければ人口は幾何級数的にふえ,食料は算術級数的にしかふえず,人口は食糧増加の限界を超えて増加する(絶対的過剰人口)傾向がある,ここから貧困と罪悪が必然的に発生する,とした。以後,1826年の6版まで繰り返し改訂されたが,とくに1803年の第2版では,人口増殖制御のため道徳的抑制(家族扶養力がつくまでの結婚延期,その間の性的自制)を説いた。このような彼の主張はマルサス主義と呼ばれる。後にマルクス過剰人口の問題を自然法則に解消してしまう点を相対的過剰人口論の立場から批判した。→新マルサス主義
→関連項目産児制限運動賃金基金説賃金生存費説

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「人口論」の意味・わかりやすい解説

人口論
じんこうろん

イギリスの古典派経済学者T・R・マルサスの著書。初版は1798年に、『人口の原理に関する一論、それが将来の社会改良に及ぼす影響を、ゴドウィン、コンドルセ、その他の著作家たちの思索に触れて論ず』と題して、匿名で出版された。食糧は算術級数的にしか増加しないのに、人口は幾何級数的に増加する傾向をもつので、自然のままでは過剰人口による食糧不足は避けられないとし、人口を制限するためには貧困や悪徳はやむをえないと論じた本書は、大反響を呼び起こした。5年後には、膨大な歴史的・統計的資料を追加した第2版が、『人口の原理に関する一論、それが人類の幸福に与えた過去および現在の影響と、それがもたらす害悪の将来の除去または軽減に関するわれわれの見通しを論ず』と改題して、著者名入りで出版された。第2版では、人口を制限するものとして、結婚を遅らせるなどの道徳的抑制の意義を認め、これがまた反響をよんだ。その後、1826年の第6版まで版を重ね、しだいに政治経済問題への言及が追加されたが、基本思想に変更はなかった。この人口の原理は、貧民問題を社会変革によって解決しようとする進歩思想に対決するものとして、正統派経済学の基盤になったばかりでなく、ダーウィンの進化論などにも影響を与えた。また、家族計画による人口抑制を貧困解消の鍵(かぎ)とする新マルサス主義として、現代にも生き続けている。日本へは明治初期に大島貞益(さだます)らによって紹介され、大正末期から昭和初期の不況期に、多くの研究が行われた。

[千賀重義]

『高野岩三郎・大内兵衛訳『初版 人口の原理』(岩波文庫)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「人口論」の意味・わかりやすい解説

人口論
じんこうろん
An Essay on the Principle of Population

古典派経済学者 T.R.マルサスの最初の著作。 1798年刊。初版は匿名で出版されたがその衝撃は非常に大きく,2版以降はマルサスの名が記されている。初版ではその副題"as it affects the future improvement of society,with remarks on the speculations of Mr.Godwin,M.Condorcet,and other writers"に示されているように W.ゴドウィンらのイギリスの改革運動に対抗する論理の提供が大きな目的であったと思われるが,2版以降では内容・分量とともに副題も"A view of its past and present effects on human happiness"に変更され,その標的も救貧法批判に移る。しかし基本的な主張は一貫して,人口の自然的増加が幾何級数的であるのに対し,生活資料は算術級数的にしか増加しないため,過剰人口による貧困と悪徳が必然的に発生するというもので,貧困や悪徳は社会の責任ではなく,人口の自然的圧力の結果であるとした。こうした状況を改善する対策として2版以降導入されたのが道徳的抑制であった。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「人口論」の解説

『人口論』(じんこうろん)
An Essay on the Principle of Population

マルサスの主著。初版は1798年刊行。制限されなければ人口は幾何級数的に増加するが,食料は算術級数的にしかふえないから,そこに貧困と罪悪が必然的に生じると主張。禁欲による人口増加の抑制を唱えた。

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旺文社世界史事典 三訂版 「人口論」の解説

人口論
じんこうろん
An Essay on the Principle of Population

イギリスの古典派経済学者マルサスの著書
1798年刊。人口は幾何級数的に増加するが,食糧は算術級数的にしか増加しないので,将来は貧困と罪悪が増大するとし,資本主義擁護の立場から禁欲による結婚年齢の延期などを主張した。

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世界大百科事典(旧版)内の人口論の言及

【食糧問題】より

…人口問題を最初にとり上げたのはイギリスの古典派経済学者T.R.マルサスであった。マルサスは1798年に出版された《人口論》で,人口は幾何級数的に増加する傾向をもつが,食糧の供給は算術級数的にしか増加せず,したがって人口は食糧の供給能力の枠内に抑制されざるをえない。社会における貧困や悪徳は,この人口の自然的抑圧の過程に不可避的に発生するものである,と説いた。…

【人口法則】より

…しかし人口の増減が賃金の騰落に応じて調和的に生ずるものとする想定には無理があった。 T.R.マルサスは《人口論》(初版1798,再版1803)において,こうした予定調和的人口論に対立し,人口増加は幾何級数的であるのに,土地の生産物に依存する生活資料は算術級数的にしか増加しないという自然的不均衡を強調し,そこから労働者階級の貧困や悪徳が不可避となると主張していた。《人口論》の再版以降では,その対策として人口増加を制限する道徳的抑制の必要が説かれている。…

【マルサス】より

…イギリスの経済学者。古典派経済学の代表者アダム・スミスの経済学の一面を継承し,D.リカードの論敵として,とくに人口論者として著名。サリー州のドーキングに近いルカリに資産家である郷紳の子として生まれ,父の自由教育をうけて育った。…

【マルサス主義】より

…イギリスの古典派経済学者マルサスが主著《人口論》(初版1798)で主張した人口原理ないし人口政策のこと。マルサスの人口原理の骨子は,(1)人間の生存には食料が必要であること,(2)人間の情欲は不変であること,しかし(3)食料は算術級数的にしか増加しない(のちに〈収穫逓減の法則〉と呼ばれるに至ったもの)のに対し,人口は幾何級数的に増加すること,したがって(4)人口は絶えず食料増加の限界を超えて増加する傾向があること(なお,このようにして増加した人口は〈絶対的過剰人口〉と呼ばれ,マルクスの〈相対的過剰人口〉と区別される),(5)絶対的過剰人口はマルサスによって〈積極的抑制positive check〉と呼ばれた〈貧困と悪徳〉によって食料増加の限度内に抑圧される。…

※「人口論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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