人間(human being)(読み)にんげん(英語表記)human being

翻訳|human being

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

人間(human being)
にんげん
human being

人、人類とほぼ同義であるが、人文科学的なニュアンスをもって受け取られる。本来は仏教用語として世間と同じ意味に使われたが、人界に住むもの、すなわち人を表す日常語として単数・複数の区別なく用いられるようになった。ヨーロッパ語では、人間に相当する語は男性の意をも含むことが多いが、日本語ではそのようなことはない。このことは、両者の間で人間という認識の内容が異なることを示す。一般には動物および神と区別する語であるが、古今東西にわたり人間は多様なものと理解されている。アイヌ語で「アイヌ」とは人間のことであり、台湾の山地系住民の「タイヤル」もタイヤル語で人間を表す。このような事例は世界各地でみられるが、彼らがかつて広大な地域に散在し、生活習俗を異にする集団同士が接触する機会がきわめて少ない状態に置かれていたことを考えれば、自称民族名すなわち人間ということは当然である。

 私たち自身をも含む「人間とは何か」については古来多くの思想家が論じた。そこでは、人間が動物の一種であり、直立二足歩行することは自明の事実とされており、それ以上の特性をもって人間を規定しようとしている。「英知人Homo sapiens」「工作人H. faber」「言語人H. loquens」「政治人H. politicus」「経済人H. oeconomicus」「宗教人H. religiosus」「芸術人H. artex」「魔術人H. magicus」「遊戯人H. ludens」などは、いずれも人間の特性の一面を物語っている。

 パスカルは「人間は考える葦(あし)である」として、人間の弱さと思考の優越性を説いたが、形而下(けいじか)的には人間はけっしてか弱い存在ではなく、多くの動物たちにとり脅威となっている。今日の自然破壊にみるまでもなく、後期旧石器時代以降、人間は多数の生物種を絶滅、またはそれに近い状態に追い詰めてきた。それというのも、武器や火の使用ばかりでなく、優れた知能に由来する激しい攻撃性の展開の結果であったといえる。このため人間は「食肉類の特性をもつ霊長類」とみなされる。殺人拷問戦争などの実例から、人間ほど残忍な動物はいないといわれながらも、他方、ほとんどの動物が利己的にふるまうなかにあって、人間は利他的にも行動することが可能で、日常的に他人に尽くし、弱者を扶助愛護する唯一の動物である。多くの動物では老いて生殖能力のないものは死んでいくが、老人社会の保護により生存し、その知恵と経験をその社会に十分に生かす。そこにヒューマニズムの根源の姿をみいだすことができる。

 自然選択は人間社会においては部分的に作用する。人間は人間のつくった環境のなかで育ち、生きるため、その属性はしばしば自己家畜化で説明されるが、家畜とは異なり、人間は主体性を維持する。人間は技能習得や知能発達のため、その社会特有の形で教育を受ける。したがって生得的な性質のみを維持して成人することはない。人間は一定の価値観をもつよう期待され、その身体も生活も彼が居する社会の文化の影響を受け、着衣を強制される。人間は不自然であることが自然である動物といわれる。

 人間は周囲の物体を選んで、これを加工して道具をつくる。道具なしでは人間は生存することができない。人間が人間として生きるためには人間関係の維持がたいせつである。人間の社会は夫婦および家族を基本単位とし、他方いずれの社会も近親相姦(そうかん)を忌避する。また人間の社会は言語をもつことにより、今日のように発展した。また、人間は言語を通して思考することが多い。とくに文字の有無によって人間の社会は未開と文明に分けられてきた。なお人間という語は人柄の意を含む。このことは人間における精神性の重要さを示唆している。

[香原志勢]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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