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佐藤 栄作 サトウ エイサク

20世紀日本人名事典の解説

佐藤 栄作
サトウ エイサク

昭和期の政治家 首相。



生年
明治34(1901)年3月27日

没年
昭和50(1975)年6月3日

出生地
山口県熊毛郡田布施村(現・田布施町)

学歴〔年〕
東京帝国大学法学部独法科〔大正13年〕卒

主な受賞名〔年〕
大勲位菊花大綬章〔昭和47年〕,ノーベル平和賞〔昭和49年〕

経歴
大正13年鉄道省に入省。昭和19年大阪鉄道局長、戦後、鉄道総局長官、22年鉄道省事務次官(運輸事務事官)を歴任して、23年退官し民主自由党に入党。同年10月議席なしで第2次吉田内閣の官房長官となり、24年山口2区から衆院議員に初当選(当選10回)。同年民自党政務調査会長、25年自由党幹事長、26年第3次吉田内閣の郵政相・電気通信相、27年第4次内閣の建設相、28年再び自由党幹事長を歴任。29年造船疑獄が発覚したが、犬養法相の指揮権発動で逮捕を免れた。32年自民党に参加。吉田引退後は池田勇人と派閥を二分、32年第2次岸内閣の党総務会長、33年蔵相、36年第2次池田内閣の通産相・科学技術庁長官をつとめ、39年11月池田首相退陣をうけて総裁に推され、首相に就任。以来7年8ケ月にわたって政権4期を維持、この間、日韓基本条約の締結、日米安保条約自動延長、小笠原・沖縄返還を実現させた。49年首相在任中の非核3原則などの政策によりノーベル平和賞受賞。著書に「今日は明日の前日」など。平成9年、昭和27〜50年にわたって綴られた日記の全文が「佐藤栄作日記」(全6巻)として刊行された。

出典|日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について | 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和の解説

佐藤 栄作
サトウ エイサク


肩書
第61・62・63代首相

生年月日
明治34年3月27日

出生地
山口県熊毛郡田布施村(現・田布施町)

学歴
東京帝国大学法学部独法科〔大正13年〕卒

経歴
大正13年鉄道省に入省。昭和19年大阪鉄道局長、戦後、鉄道総局長官、22年鉄道省事務次官(運輸事務事官)を歴任して、23年退官し民主自由党に入党。同年10月議席なしで第2次吉田内閣の官房長官となり、24年山口2区から衆院議員に初当選(当選10回)。同年民自党政務調査会長、25年自由党幹事長、26年第3次吉田内閣の郵政相・電気通信相、27年第4次内閣の建設相、28年再び自由党幹事長を歴任。29年造船疑獄が発覚したが、犬養法相の指揮権発動で逮捕を免れた。32年自民党に参加。吉田引退後は池田勇人と派閥を二分、32年第2次岸内閣の党総務会長、33年蔵相、36年第2次池田内閣の通産相・科学技術庁長官をつとめ、39年11月池田首相退陣をうけて総裁に推され、首相に就任。以来7年8ケ月にわたって政権4期を維持、この間、日韓基本条約の締結、日米安保条約自動延長、小笠原・沖縄返還を実現させた。49年首相在任中の非核3原則などの政策によりノーベル平和賞受賞。著書に「今日は明日の前日」など。平成9年、昭和27〜50年にわたって綴られた日記の全文が「佐藤栄作日記」(全6巻)として刊行された。

受賞
大勲位菊花大綬章〔昭和47年〕 ノーベル平和賞〔昭和49年〕

没年月日
昭和50年6月3日

家族
兄=佐藤 市郎(海軍中将) 岸 信介(首相) 妻=佐藤 寛子(外相・松岡洋右の姪) 長男=佐藤 龍太郎(アジア掘削社長) 二男=佐藤 信二(衆院議員)

出典|日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について | 情報

367日誕生日大事典の解説

佐藤 栄作 (さとう えいさく)

生年月日:1901年3月27日
昭和時代の政治家。衆議院議員;内閣総理大臣
1975年没

出典|日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について | 情報

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