入沢 達吉(読み)イリサワ タツキチ

20世紀日本人名事典 「入沢 達吉」の解説

入沢 達吉
イリサワ タツキチ

明治・大正期の医師,随筆家 東京帝大教授;宮内省侍医頭。



生年
元治2年1月5日(1865年)

没年
昭和13(1938)年11月8日

出生地
越後国今町(新潟県見附市)

別名
号=雲荘

学歴〔年〕
東京帝国大学医科大学〔明治22年〕卒

学位〔年〕
医学博士〔明治32年〕

経歴
陸軍軍医を務めた入沢恭平長男で、叔父は東京大学医学部総理や宮内省侍医局長官などを歴任した池田謙斎。明治22年東京帝国大学を卒業し、お雇い外国人医学者ベルツの無給助手となる。23〜27年ドイツに留学。帰国後、28年東京帝国大学助教授を経て、34年教授に就任、内科学を講じた。大正14年定年退官、名誉教授。同年宮内省侍医頭に専任。日本内科学会会頭、日本医史学会理事長、日本医学会会頭なども務めた。一方、随筆家としても知られ、「入沢先生の演説と文章」「雲荘随筆」「楓荻集」「伽羅山荘随筆」などの著書がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「入沢 達吉」の解説

入沢 達吉 (いりさわ たつきち)

生年月日:1865年1月5日
明治時代;大正時代の医学者。東京帝国大学教授;宮内省侍医頭
1938年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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