冢田大峯(読み)つかだたいほう

精選版 日本国語大辞典 「冢田大峯」の意味・読み・例文・類語

つかだ‐たいほう【冢田大峯】

江戸後期儒者。名は虎、字(あざな)は叔貔、通称多門信濃国の人。独学で江戸に塾を開き、一方細井平洲塾の助講となり、彼の古注学に影響を受けて古学に進み、のち尾張藩の明倫堂督学となる。儒学の本義を治国安民とし、朱子学の性理心法は誤りとする。寛政異学の禁に際し反対を唱えて五鬼の随一とされた。著に「学語」「滑川談」など。延享二~天保三年(一七四五‐一八三二

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デジタル大辞泉 「冢田大峯」の意味・読み・例文・類語

つかだ‐たいほう【冢田大峯】

[1745~1832]江戸後期の儒学者。信濃の人。名は虎。寛政異学の禁批判。のち、尾張藩明倫堂督学。著「聖道弁物」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「冢田大峯」の意味・わかりやすい解説

冢田大峯
つかだたいほう
(1745―1832)

江戸後期の儒者。名は虎。通称多門、字(あざな)は叔貔(しゅくひ)。信濃(しなの)の人。室鳩巣(むろきゅうそう)、新井白石(あらいはくせき)に学んだ父旭嶺(きょくれい)(1698―1768)の六男。初め父より程朱学を学んだが、16歳で江戸に出て、定師につかず貧窮のうちに古今の書を参究した。流派をたてずに注釈(ちゅうしゃく)を中心とする客観的な諸経研究に励み、いわゆる「冢田学」と称される業績を残した。儒学史ではしばしば折衷学派の一人に分類される。紀伊藩、尾張(おわり)侯をはじめ多くの武門の子弟を教え、1811年(文化8)尾張藩明倫(めいりん)堂の督学となり、その学政をつかさどった。1790年(寛政2)の寛政(かんせい)異学の禁に対して、上書して激しくその不可を論難したことでも有名である。『大峯文集』6巻、『大峯詩集』4巻ほか多くの注釈書がある。

黒住 真 2016年6月20日]

『高瀬代次郎著『冢田大峯』(1919・光風館書店)』

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朝日日本歴史人物事典 「冢田大峯」の解説

冢田大峯

没年:天保3.3.21(1832.4.21)
生年:延享2.3.30(1745.5.1)
江戸中・後期の儒学者。折衷学派。名は虎,字は叔貔,通称多門。大峯と号す。信濃国水内郡長野村(長野市)の儒医の家に生まれ,宝暦10(1760)年16歳のときに江戸に出て苦学したが師は不明。25歳で私塾を開き,諸家の注を折衷した独自の経典解釈で次第に名声を得た。細井平洲と親交を結び,その関係で天明1(1781)年尾張藩主徳川宗睦の侍講になった(江戸在住)。寛政異学の禁(1790)に際しては,「異学」を唱える者として「五鬼」のひとりに数えられたが,松平定信に敢然と上書してその非を論じ,古学の学問所を別に設置することを提言した。また『滑川談』を出版してその倹約令などを批判して人口に膾炙した。文化8(1811)年名古屋に移って藩校明倫堂の督学となり,学制の改革を進め,自己の学風を広めた。著書は『冢註論語』『冢註六記』『聖道合語』『聖道得門』など多数。<参考文献>高瀬代次郎『冢田大峰』

(梅澤秀夫)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「冢田大峯」の意味・わかりやすい解説

冢田大峯
つかだたいほう

[生]延享2(1745).3.30. 信濃,川中島
[没]天保3(1832).3.21. 名古屋
江戸時代後期の朱子学派の儒学者。名は虎,通称は多門,字は叔貔。 16歳で江戸に出,苦学力行した。 25歳のとき塾を開き,のち尾張藩主徳川宗睦の侍講となった。寛政異学の禁に反対し,亀田鵬斎らとともに五鬼と称された。四書五経をはじめ,多くの古典の校注書を著わした。著書『解慍』『聖道得門』『冢註家語』『学語』。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「冢田大峯」の解説

冢田大峯 つかだ-たいほう

1745-1832 江戸時代中期-後期の儒者。
延享2年3月30日生まれ。江戸にでて独学し,私塾雄風館をひらく。天明元年細井平洲を介して名古屋藩主徳川宗睦(むねちか)の侍講となる。寛政異学の禁に対しては上書してきびしく非難。文化8年藩校明倫堂督学についた。天保(てんぽう)3年3月21日死去。88歳。信濃(しなの)(長野県)出身。名は虎。字(あざな)は叔貔(しゅくひ)。通称は多門。著作に「冢註論語」「聖道得門」など。

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367日誕生日大事典 「冢田大峯」の解説

冢田大峯 (つかだたいほう)

生年月日:1745年3月30日
江戸時代中期;後期の儒学者
1832年没

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