勝山藩(読み)かつやまはん

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

勝山藩(越前国)
かつやまはん

越前(えちぜん)国大野郡(福井県勝山市)に本拠を置く2万2700石の譜代(ふだい)藩。藩主小笠原(おがさわら)氏は清和(せいわ)源氏、鎌倉時代以来の名門。室町時代に深志(ふかし)小笠原、松尾小笠原の両家に分かれ、深志系は豊前(ぶぜん)(福岡県)小倉(こくら)15万石に封ぜられ、松尾系の後裔(こうえい)が越前勝山藩主となった。
 当地は、名刹(めいさつ)平泉寺(へいせんじ)の支配地域であったが、1574年(天正2)一向一揆(いっこういっき)によって寺を焼亡した。一揆勢はこのとき拠点の村岡山(むろこやま)を「勝山(かちやま)」に改めた。80年、柴田勝安(かつやす)は村岡山の城を南1.5キロメートルの九頭竜(くずりゅう)川東岸袋田村に移し、以来この地を勝山と称することになった。江戸時代の当初、福井藩松平家領として城代が置かれたが、1644年(正保1)幕府領となった。1691年(元禄4)小笠原貞信が美濃(みの)(岐阜県)高須より入封、廃藩置県まで8代、180年間小笠原氏が領有した。2代信辰(のぶとき)のとき旧城の復活を願い城主格を許されたが、城郭の完成には至らなかった。財政は苦しく、越訴(おっそ)・打毀(うちこわし)なども数回発生している。幕末、煙草(たばこ)、生糸、藍(あい)などを藩専売品として煙草改会所(のち産物改会所)を設けた。1871年(明治4)廃藩、勝山・福井・足羽(あすわ)・敦賀(つるが)・石川の各県を経て、再置の福井県に編入。[舟澤茂樹]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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