南部アフリカ開発調整会議(読み)なんぶあふりかかいはつちょうせいかいぎ

世界大百科事典内の南部アフリカ開発調整会議の言及

【ボツワナ】より

…また国内で労働力人口の就職口が限られているため,毎年約4万人以上のボツワナ人が南ア共和国の鉱山などに出稼労働者として出かけている。このような経済面での南ア共和国への依存に対し,80年フロント・ライン諸国にジンバブウェ,レソト,スワジランド,マラウィを加えた9ヵ国が南部アフリカ開発調整会議(SADCC。1992年,南部アフリカ開発共同体(SADC)に改組)を結成し,先進国の援助を受けながら,輸送・電気通信網の拡充,食糧確保,エネルギー開発,工業化など,地域レベルでの共同開発を目ざしている。…

【モザンビーク】より

… モザンビークは独立直後の1975年9月に国連に加盟し,同年7月にはアフリカ統一機構(OAU)のメンバーにもなった。またアフリカ開発銀行,非同盟諸国運動にも参加し,南部アフリカ地域では,南部アフリカ解放闘争を支援するフロント・ライン諸国に1974年に加わり,また南ア共和国の経済支配から脱却する目的をもつ南部アフリカ開発調整会議(SADCC。1980設立。…

※「南部アフリカ開発調整会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報