〘助動〙 (活用は「〇・べく・べし・
べき・べけれ・〇」。補助活用は「べから・べ
かり・〇・べかる・〇・〇」。形ク型活用。
文語で、活用語の終止形に付く。ただし、ラ変型活用の語には
連体形につき、また、古く上一段活用の語には
連用形についた。→語誌)
推量の
助動詞。
① よろしい状態として是認する意を表わす。
(イ) 適当であるという判断を表わす。…するのがふさわしい。…するのがよい。
※
万葉(8C後)三・三三八「験
(しるし)なき物を思はずは
一杯(ひとつき)の濁れる酒を飲む可
(べく)あるらし」
※枕(10C終)八七「一日(ついたち)などぞ言ふべかりけると下には思へど」
(ロ) 当然のこととして、義務として判断する。…するはずである。…しなければならない。
※万葉(8C後)二・一六六「磯の上に生(お)ふるあしびを手折らめど見す倍吉(ベキ)君が在りと言はなくに」
※竹取(9C末‐10C初)「物一言言ひ置くべき事ありけり」
(ハ) 他人の行動に関して、
勧誘・
命令の意を表わす。打消を伴えば禁止となる。…しなさい。…するのがよい。
※万葉(8C後)二・一二八「わが聞きし耳によく似る葦の末(うれ)の足痛(ひ)く我が夫(せ)勤めたぶ倍思(ベシ)」
※
今昔(1120頃か)二五「
帝王の位に至る事は、此天の与る所也。此の事吉く思惟し可給
(たまふべ)し」
② 確信をもってある
事態の存在または実現を推量し、または予定する。
(イ) 近い将来、ある事態がほぼ確実に起こることを予想する。きっと…だろう。…するにちがいない。
※
古事記(712)下・
歌謡「天飛
(あまだ)む 軽の嬢子
(をとめ) 甚
(いた)泣かば 人知りぬ倍志
(ベシ)」
※土左(935頃)承平四年一二月二七日「汐満ちぬ、風も吹きぬべし」
(ロ) 目の届かない所で、現在進んでいる事態を断定的に推定する。…しているにちがいない。…しているはずだ。
※万葉(8C後)八・一五一四「
秋萩は咲きぬ可有良
(べから)し我が宿の
浅茅が花の散りぬる見れば」
※源氏(1001‐14頃)
帚木「この障子口すぢかひたる程にぞ伏したるべき」
(ハ) 近い将来に事態の実現を予定する。…する予定である。…であることになっている。
※万葉(8C後)一八・四〇四二「藤波の咲きゆく見ればほととぎす鳴く倍吉(ベキ)時に近づきにけり」
※源氏(1001‐14頃)桐壺「今日はじむべき祈りども、さるべき人々うけ給はれる」
(ニ) 自己の行動に関して、強い意志を表わす。ぜひ…しよう。きっと…しよう。
※万葉(8C後)一七・三九五一「ひぐらしの鳴きぬる時は
女郎花(をみなへし)咲きたる野辺を行きつつ見倍之
(ベシ)」
※
徒然草(1331頃)九二「毎度ただ得失なくこの一矢に定むべしと思へ」
③ 可能であるとの判断を表わす。…することができる。…できそうだ。
※万葉(8C後)五・八一七「梅の花咲きたる苑の青柳はかづらにす倍久(ベク)なりにけらずや」
※源氏(1001‐14頃)空蝉「さりぬべき折見て対面すべくたばかれ」
④ (連用形「べく」を用いて) 行為の目的を表わす。…ために。現代の
用法。
[語誌](1)上代・中古では、上一段動詞に付く時は、「らむ」の場合と同じく連用形に付き、後世にも受け継がれる場合がある。室町時代以後、他の一段・二段活用動詞にも連用形に付く例が多くなってくる。
(2)「べみ」「べらなり」の形を派生することがある。→
べみ・
べらなり。
(3)現代語では、連用形「べく」と連体形「べき」が使われる。「べく」は④の用法のほか、①(ロ) の意の特殊な場合と見られる用法がある。「道草〈夏目漱石〉三四」の「彼は自分のため又家族のために働らくべく余儀なくされた」など。また、「べき」は、多く①(ロ) の意で「…すべきである」などと用いるが、「浮雲〈二葉亭四迷〉二」の「ヤどうも君も驚く可き負惜しみだな」のように、情意に関する動詞に付く場合も多い。「悲しむべき事態」「恐るべき子ども」など。
(4)一般に推量の助動詞といわれている。しかし、「べからむ」「べかめり」のように他の推量の助動詞に上接すること、「べかりけり」のように過去の助動詞に上接すること、仮定条件句に生起することなどから考えると、使用者の主体性は希薄で、客体性が濃厚といえ、「む」系の推量の助動詞(「む」「らむ」「けむ」「まし」)とは一線を画すと思われる。