呉(春秋時代)(読み)ご

日本大百科全書(ニッポニカ) 「呉(春秋時代)」の意味・わかりやすい解説

呉(春秋時代)

中国、春秋戦国時代の国。江蘇(こうそ)省に本拠を置く大国として、勢力圏を安徽(あんき)省方面に及ぼし、南は浙江(せっこう)省の大国越(えつ)、西は湖北省の大国楚(そ)、北は山東省の大国斉(せい)と対峙(たいじ)した。王統の祖先を周(しゅう)の文王の伯父(太伯)に求めるが、中原(ちゅうげん)の国たる虞(ぐ)に関する説話を利用したらしく疑わしい。封建の次第を記した周初の中原の器で江蘇に伝来していたものが、発掘されて話題を呼んだものの、呉の地は、新石器時代、青銅器時代を通じて、中原とは異なる文化圏にあった。呉王寿夢(じゅぼう)(在位前585~561)のときに強大となり、呉王闔閭(こうりょ)(在位前515~496)のときに楚の亡臣伍子胥(ごししょ)らを用いて国力を増強し、前506年、楚の都郢(えい)を陥落させた。このとき越王允常(いんじょう)が呉に侵入したので軍を引き、以後、呉越の抗争が繰り広げられた。呉王闔閭は越王勾践(こうせん)に敗れて死んだが、子の夫差(ふさ)は会稽(かいけい)で勾践を屈服させ、中原に進出、前482年、晋(しん)と覇を争った。しかし、再建された越の侵入を受け、中原制覇の夢を破られるとともに、夫差は勾践のために大敗して前473年に自殺、呉は滅亡した。

[平勢隆郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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