地引(曳)網(読み)じびきあみ

改訂新版 世界大百科事典 「地引(曳)網」の意味・わかりやすい解説

地引(曳)網 (じびきあみ)

陸岸を拠点にして海上に網を新月状にかけ回し,網の両端につけた引綱を引き寄せ,陸上に引き揚げて漁獲する漁網。魚群を船に引き寄せて捕獲する船引網とともに引網類を代表する。形は浮子(あば)・沈子(いわ)のついた帯状の網(網幅は水深に応じる),ないしは中央に円錐形の袋網を有する網で,網の両側(翼網)はそれぞれ袖網(奥網・中網・手網からなる)と引綱につながる荒手網からなる。大きさは漁場,捕獲魚種により異なるが,片方の翼網は大要108mくらいで,大きいものは200mに及ぶものもある。海岸から1里以内の漁場で操業するこの網は,網裾が水底を擦るように移動させつつ(移動性立切網)網の範囲を狭め,回遊漁を捕魚するのを特徴とする。したがって,操業のとき,魚群を驚かし逃散せぬように網を静かに張ることと,網は一方への片寄りを防ぐため左右平均に引くことがたいせつである。この網引作業の調整のため,地引網漁後世まで多くの漁夫・引子の人力を必要とした。網引へのろくろの採用が一般化したのは明治前期,揚網ウィンチの採用は近年のことである。地引網漁は操業技術が簡便なため網漁の中では比較的古くからみられ,浮子・沈子のない〈歩行引網〉はその淵源といわれる。それが近世初頭に地引網に進化し,以来日本の網漁中最も重要な地位(特にイワシ漁業)を占めた。

 地引網で最初に行われた漁労は,小地引網(中網がない)による片手回し漁法である。これは網綱の片方を岸辺の杭に縛りつけるか,漁夫に持たせたのち,網を積んだ網船に漁夫数名が乗り,沖に向かってこぎだしつつ潮流に従って投網し,次に船を海岸に向け,半円状にかけ回し,漁夫が岸辺で下船して引綱を引き,魚を捕獲する簡単な漁法である。そのために,河川でのサケ漁にも利用された。魚群の動きにより機動的に対応できる操業方法が両手回し漁法で,網船2艘が沖合の同一場所から陸に向けて左右に分かれ,魚群を包囲する形で網をかけ回し,両端の綱を引いて漁獲する。後年の大地引網漁はほとんどこの方法による。近世期,イワシ漁業の大地引網の盛地は九十九里浜と肥後天草が名高く,漁船2艘,漁夫50~60人,引子100人を要するものもあった。九十九里浜の地引網漁は弘治年間(1555-58)に紀伊漁民によって伝来されたもので,元禄~正徳期(1688-1716)までは小規模網漁であった。大規模化するのは肥料としての干鰯(ほしか)需要が高まる享保期(1716-36)ごろからで,1780年(安永9)には網数200帖,1827年(文政10)には漁戸4万余,網主300余家にも達した。その他のイワシ漁業地としては常陸鹿島灘,陸奥東海岸,三河渥美郡南海岸,土佐湾,紀伊,長門,筑前,丹後,薩摩,加賀,越後の各沿岸が著名である。イワシのほか,江戸時代にはアジ,サバ,ハゼ,サケ,ブリ,ハマチ,イナダ,ハタハタ,ニシン,マグロ,カツオ,ボラ,タイにも用いられた。特にタイ漁で,浅瀬にタイを追い込むため,威嚇用振木をつけた大縄を併用する地漕(じこぎ)網は地引網の一種である。地引網漁は代表的な沿岸漁業で,漁労の特質から沿岸への回遊魚が豊富な時代に隆盛であったが,近年工場・生活排水などによる漁場汚染が進展し,回遊魚が減少したのと,沖合船引網漁の発展により衰退した。
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世界大百科事典(旧版)内の地引(曳)網の言及

【網漁業】より


[引網]
 引網類は魚群を囲み岸辺や漁船に引き寄せてそれを捕獲する網で,だいたいは中央部に囊(ふくろ)を備えていた。岸辺に引き寄せるものを地引網,漁船に引き寄せるものを船引網といった。捕獲対象となる魚類は多種多様であるが,イワシを主とするものが最も多かったようである。…

【網元】より

…漁業生産の特徴は江戸時代においても,初めから商品生産として発展したことと,家族労働力では操業できない多人数の協業を必要とする漁具漁法,とくに網漁業が行われたということである。大型地引網漁業,大型定置網漁業など数十人あるいはそれ以上の協業を必要とするものが少なくなかった。これら網漁業の経営は網元による個人経営か,網組(総百姓共同のものが多かったとみられる)による共同経営かのいずれかによって行われていた。…

【漁具】より

…これらは原理的な分け方であって,実際の漁具には,これらの分類にまたがるものももちろんある。例えば,地引網は魚群を巻いて網を引き陸に揚げるもので,(1)と(3)にまたがる。“引く”と“巻く”のどちらを重視するかによって引網類に入れられたり,巻網類に入れられたりする。…

※「地引(曳)網」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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