世界大百科事典(旧版)内の境川(木曾川)の言及
【木曾川】より
…木曾川西岸河口部には深層地下水を汲み上げて成立した長島温泉があり,名古屋大都市圏の保養地,遊園地としてにぎわっている。【溝口 常俊】
[歴史]
古くは吉蘇川,岐蘇川とも書き,所によって,広野川,鵜沼川,境川,墨俣(すのまた)川とも称された。水源地の木曾は森林資源が豊かで,信濃・美濃両国が帰属をめぐって争い,879年(元慶3)美濃に所属することに定められた。…
【長良川】より
…95年4月末までに推進派と反対派の会議は続けられたが,両者の主張は平行線のまま終了,河口堰は完成し,5月末に運用が開始された。【高橋 百之】
[歴史]
古くは長良川の主流は,上流郡上川が山県(やまがた)郡の中屋から西流して伊自良川を合わせ,方県(かたがた)郡の岩利(いわり)(ともに現,岐阜市)から南流して津保川を入れ,墨俣(すのまた)で境川(古木曾川)に合流していたが,1534年(天文3)の郡上川の大洪水で中屋から南下して,芥見で津保川に合流し,長良,鏡嶋(かがしま)(ともに現,岐阜市)を経て境川に入るようになった。1611年(慶長16)の洪水では,長良崇福寺の前に新川が分出して伊自良川に合流するようになった。…
※「境川(木曾川)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」