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夏目 雅子 ナツメ マサコ

20世紀日本人名事典の解説

夏目 雅子
ナツメ マサコ

昭和期の女優



生年
昭和32(1957)年12月17日

没年
昭和60(1985)年9月11日

出生地
東京都港区六本木

本名
西山 雅子

旧姓(旧名)
小達

学歴〔年〕
東京女学館短期大学中退

主な受賞名〔年〕
ブルーリボン賞主演女優賞(昭57年度)「鬼龍院花子の生涯」,報知映画賞女優賞(昭58年度)「時代屋の女房」「魚影の群れ」,ブルーリボン賞特別賞〔昭和61年〕

経歴
在学中の昭和51年日本テレビ「愛が見えますか」のヒロインに選ばれて芸能界入り。52年化粧品のキャンペーンガールに抜擢され、一躍人気者となった。同年東宝「俺の空」で映画デビュー。57年の東映「鬼龍院花子の生涯」で大きく開花、ブルーリボン主演女優賞を受賞。ほかに「時代屋の女房」「魚影の群れ」「瀬戸内少年野球団」、テレビドラマなどで活躍した。59年8月にはCMディレクターだった伊集院静と結婚。60年2月15日渋谷のパルコ劇場の舞台「愚かな女」公演中に倒れ、慶応病院に入院。同年9月死去。平成3年7回忌に写真集「星花火」が出版される。5年母と義姉で女優の田中好子が中心となって抗ガン剤による突発性脱毛症の患者のためにかつらを無料で貸与する“夏目雅子ひまわり基金”が設立された。

出典|日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について | 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

夏目 雅子
ナツメ マサコ


職業
女優

本名
西山 雅子

旧名・旧姓
小達

生年月日
昭和32年 12月17日

出生地
東京都 港区六本木

学歴
東京女学館短期大学中退

経歴
在学中の昭和51年日本テレビ「愛が見えますか」のヒロインに選ばれて芸能界入り。52年化粧品のキャンペーンガールに抜擢され、一躍人気者となった。同年東宝「俺の空」で映画デビュー。57年の東映「鬼竜院花子の生涯」で大きく開花、ブルーリボン主演女優賞を受賞。ほかに「時代屋の女房」「魚影の群れ」「瀬戸内少年野球団」、テレビドラマなどで活躍した。59年8月にはCMディレクターだった伊集院静と結婚。60年2月15日渋谷のパルコ劇場の舞台「愚かな女」公演中に倒れ、慶応病院に入院。平成3年7回忌に写真集「星花火」が出版される。5年母と義姉で女優の田中好子が中心となって抗ガン剤による突発性脱毛症の患者のためにかつらを無料で貸与する“夏目雅子ひまわり基金”が設立された。

受賞
ブルーリボン賞主演女優賞(昭57年度)「鬼竜院花子の生涯」,報知映画賞女優賞(昭58年度)「時代屋の女房」「魚影の群れ」,ブルーリボン賞特別賞〔昭和61年〕

没年月日
昭和60年 9月11日 (1985年)

家族
夫=伊集院 静(小説家),母=小達 スエ(夏目雅子ひまわり基金主宰),兄=小達 一雄(夏目雅子ひまわり基金代表事務局長),弟=小達 敏昭(プロゴルファー)

親族
義姉=田中 好子(女優),姪=楯 真由子(女優)

伝記
ふたりの「雅子」―母だから語れる夏目雅子の27年優日雅―夏目雅子ふたたび夏目雅子―27年のいのちを訪ねて 小達 スエ 著森 英介 著夏目雅子伝刊行会 編(発行元 講談社実業之日本社まどか出版 ’06’04’01発行)

出典|日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について | 情報

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