大伯皇女(読み)おおくのひめみこ

精選版 日本国語大辞典 「大伯皇女」の意味・読み・例文・類語

おおく‐の‐ひめみこ おほく‥【大伯皇女】

万葉集」の女流歌人天武天皇皇女。一三歳で斎宮となり、伊勢に赴く。弟大津皇子刑死に際し、情愛豊かな歌を詠んだ。大宝元年(七〇一)没。

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デジタル大辞泉 「大伯皇女」の意味・読み・例文・類語

おおく‐の‐ひめみこ〔おほく‐〕【大伯皇女/大来皇女】

[661~702]天武天皇の皇女。大津皇子の同母姉。13年間伊勢斎宮をつとめ、大津皇子死刑後に帰京万葉集に弟を思う歌6首が残る。

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改訂新版 世界大百科事典 「大伯皇女」の意味・わかりやすい解説

大伯皇女 (おおくのひめみこ)
生没年:661-701(斉明7-大宝1)

万葉歌人。天武天皇の皇女で大津皇子の同母姉。母は天智天皇の皇女大田皇女だが,大伯が6歳のおりに没した。673年(天武2)斎宮に命じられ,13歳から26歳までの間伊勢神宮に仕えた。686年(朱鳥1)父天皇の死にともない斎宮の任を解かれ,それと前後して弟大津皇子の謀反事件がおこる。皇女の歌は《万葉集》巻二に6首あり,事件の直前ひそかに伊勢へ下ってきた大津を見送る歌2首,大津の処刑後上京したときの2首,大津の屍を二上山へ移葬するさいの2首と,すべて弟の謀反にかかわって詠まれている。その作は,〈我が背子(せこ)を大和へ遣るとさ夜ふけて暁(あかとき)露に我が立ち濡れし〉〈うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟(いろせ)と我が見む〉のように素朴で歌謡風の口つきながら,いずれも清楚な気品にあふれたものである。41歳で世を去るがその間の消息は何も伝えられていない。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大伯皇女」の意味・わかりやすい解説

大伯皇女
おおくのひめみこ
(661―701)

『万葉集』の歌人。天武(てんむ)天皇の皇女。母は天智(てんじ)天皇皇女の大田皇女。大津皇子(おおつのおうじ)の同母姉。673年伊勢(いせ)の斎宮に定められ翌年下向、686年(朱鳥1)大津皇子の刑死後に帰京(日本書紀)。両親、弟はすでに亡く孤独の余生を送る。『万葉集』に短歌6首が残る。ひそかに伊勢へ訪ねきて京に帰る弟の身を案じながら立ち尽くす作者の姿が鮮やかに浮かび上がってくる「我が背子(せこ)を大和(やまと)へ遣(や)るとさ夜ふけて暁露(あかときつゆ)に我が立ち濡(ぬ)れし」(巻2)をはじめとして、全作品が弟としての大津皇子に対する深切愛情を歌い込めた名歌

[遠藤 宏]

『山崎馨著「大津皇子と大伯皇女」(『万葉集を学ぶ 第2集』所収・1977・有斐閣)』

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朝日日本歴史人物事典 「大伯皇女」の解説

大伯皇女

没年:大宝1.12(701)
生年:斉明7.1(661)
飛鳥時代の斎王。天武天皇と妃大田皇女の皇女。大来とも書く。百済救援の西征途上,大伯海(岡山県)で誕生。7歳ごろ母と死別。天武2(673)年,伊勢の斎王に。壬申の乱(672)の勝利祈願に天武が献じたとも。同母弟大津皇子を詠んだ歌が6首,『万葉集』に残る。朱鳥1(686)年,大津が謀反発覚により死を賜ったのち斎宮から帰京。屍を移葬したときの哀傷歌「うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山を弟世とわが見む」には,母の死後支え合ってきた弟への想いがにじむ。外征と内乱,権力抗争の時代に生き,わずかに心の軌跡を歌に残した。<参考文献>山崎馨「大伯皇女と大津皇子」(『国文学』13巻1号)

(義江明子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大伯皇女」の解説

大伯皇女 おおくのおうじょ

661-702* 飛鳥(あすか)時代,天武天皇の皇女。
斉明(さいめい)天皇7年1月8日生まれ。母は大田皇女。百済(くだら)(朝鮮)救援のための天皇の船団が大伯海(岡山県邑久郡(おくぐん)付近の海)にさしかかったとき生まれる。天武天皇2年伊勢(いせ)の斎王となる。伊勢をおとずれた弟の大津皇子をみおくる歌や,その死をいたんでよんだ歌が「万葉集」巻2にのこされている。大宝(たいほう)元年12月27日死去。41歳。名は大来ともかく。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大伯皇女」の意味・わかりやすい解説

大伯皇女
おおくのこうじょ

[生]斉明7(661).1.8.
[没]大宝1(701).12.27.
天武天皇皇女。母は天智天皇皇女大田皇女。「大来皇女」とも書く。天武2 (673) 年伊勢斎宮に任じられ,奉仕していたが,朱鳥1 (686) 年,同母弟大津皇子の謀反事件が起こり,任を解かれた。『万葉集』に短歌6首が収められている。

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