大東(市)(読み)だいとう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「大東(市)」の意味・わかりやすい解説

大東(市)
だいとう

大阪府の東部にある市。1956年(昭和31)北河内(きたかわち)郡住道(すみのどう)、四条(しじょう)の2町と南郷(なんごう)村が合併して成立。市名は大阪市の東部にあることによる。JR片町線、大阪外環状線道路、国道170号などが通じ、1997年(平成9)にはJR東西線が開通したことにより、片町線経由で大阪市中心部と直通電車で結ばれる。かつては、市の西部一帯は深野池(ふこのいけ)とよばれる入り江で、生駒(いこま)山地西麓(せいろく)の断崖(だんがい)の下まで海が迫っていた。その後、淀(よど)川、大和(やまと)川などの堆積(たいせき)でしだいに陸化し、池と山麓の間には、四条、北条など条里制を表す地名が残っている。大和川付け替え後は、干拓により農地が開け、綿花菜種が栽培され、大阪市内に出荷された。1958年末に生駒山地を横断する阪奈道路(はんなどうろ)が完成してから、沿線に住宅や工場の進出が著しい。市の産業を代表する三洋電機京セラ、日本コンベヤ(2016年本社は東京都千代田区に移転)などの大メーカー、中堅企業のほか中小企業工場が多い。東高野(ひがしこうや)街道と清滝(きよたき)街道が山麓を巡っている飯盛山(いいもりやま)は要害の地として知られ、戦国時代には畠山(はたけやま)氏や三好長慶(みよしながよし)が大規模な山城(やまじろ)を築いている。野崎詣(まい)りで知られる野崎観音は、曹洞(そうとう)宗福聚(ふくじゅ)山慈眼(じげん)寺の俗称で、のどかな風景はなくなったが、いまも5月1~8日の無縁経法要はにぎやかである。浄瑠璃(じょうるり)で有名な「お染久松」の墓もある。東部の山地は金剛生駒紀泉国定公園(こんごういこまきせんこくていこうえん)に含まれる。面積18.27平方キロメートル、人口11万9367(2020)。

[安井 司]

『『大東市史』全4巻(1973~1989・大東市)』


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