大進化(読み)だいしんか(英語表記)macroevolution

翻訳|macroevolution

改訂新版 世界大百科事典 「大進化」の意味・わかりやすい解説

大進化 (だいしんか)
macroevolution

規模の大きな進化小進化に対立する概念。この規模の大小に関しては研究者によって意見が異なる。また,この概念を現象記載的なものとみるか,過程説明的なものとみるかも意見が一致しているわけではない。

 このことばを初めて提起したのはゴルトシュミットR.Goldschmidtであった(1940)。彼は,実験遺伝学集団遺伝学に基づく当時の進化要因論が,種内の遺伝子組成の変化しか扱うことができず,現実に存在する種間の不連続性の誕生(新種形成)をそれによって説明することはできないと考えた。そして,種内での進化(亜種形成)と種以上のレベルの進化とは進化のメカニズムが異なるとして,前者を小進化と呼び後者を大進化と呼んで区別した。実験生物学者の多くは大進化をこの意味のことばとして用いている。しかし,そのころから発展してきた総合学説では,種以上のレベルでも基本的に種内の進化と同じメカニズムで進化が起こると考えられるようになったので,この立場にたつ人々は,大進化という概念にメカニズムの違いという意味をもたせず,単に種以上のレベルでの進化という意味でそれを使っている。

 一方,古生物学者は,ゴルトシュミットがこのことばを提起する以前から,化石の証拠に見られる進化には,種よりも上位の分類群(科,目,綱,門)の誕生に大きな問題のあることに気づいていた。そこには中間型の化石が発見されないのである。実験遺伝学で扱われた種間の不連続性よりも,はるかに大きな形質の不連続が上位分類群の間には存在する。中間型として有名な始祖鳥の場合でも,爬虫類と始祖鳥の間,始祖鳥とその後の鳥類の間の形質の差はきわめて大きい。G.G.シンプソンは,この形質の差の規模からすれば,種間の差が生ずるのを大進化と呼ぶのだったら,科やそれ以上の分類群が生ずるのは〈巨大進化mega-evolution〉とでも呼ばねばなるまいと記している(1944)。この〈巨大進化〉に対して大進化ということばを用いる人が,古生物学者のみならず,分類学者や生態学者には多い。この人々は大進化という概念にしばしば多様化という意味をも含めている。つまり,新しい多様な分類群(例えば鳥類とか霊長類とか)が生ずることを大進化と呼ぶのである。

 総合学説では,それらもすべて基本的には同じメカニズムで生ずると考えられている。そこでは,中間型の化石がないのは数が少ないから発見されないためだとされる。この解釈では大進化というのは記載的概念となる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大進化」の意味・わかりやすい解説

大進化
だいしんか
macroevolution

生物の進化的変遷において、種以上の系統群の形成を示す過程のことをいう。通常、地質学的時間尺度で同系統の一連の化石にみられる大きな形態上の変化として認識される。魚類から両生類、さらに爬虫(はちゅう)類から鳥類、また爬虫類から哺乳(ほにゅう)類といった変遷はその典型例である。

 同種個体群内の遺伝子頻度の継時的変化を意味する小進化の対語として、ドイツ、のちにアメリカの遺伝学者R・B・ゴルトシュミットが、その著書『The Material Basis of Evolution』(1940)で、初めて提唱した用語。彼は、新種は染色体の配列の全体的変化によって突然形成されると主張した。大突然変異のなかに前途有望な怪物hopeful monsterが生まれるとする説である。大進化の要因に言及したこの考えは、大進化的変化は基本的に小進化的変化の累積にすぎないとする漸進説の立場からは異端的見解として退けられた。大進化と小進化を基本的に同じ過程とみるか別の過程とみるかは、現在も論争中で完全な決着はついていない。かりに同じ過程とみなせるならば、大進化はせいぜい進化の局面をさす便宜的な用語になってしまう。しかし、とりわけ1970年以降、古生物学者のスタンレーSteven M. Stanley(1941― )やグールドStephen Jay Gould(1941―2002)などを中心に、新しい化石の証拠とともに、漸進説一辺倒の傾向に対して断続平衡説が唱えられ大論争がおこった。生物進化上の大きな形態変化は短期間に急速におこり、その後はあまり変化のない長い停滞期があったとする説である。その背後にはなんらかの大規模突然変異が生じたはずであるとも演繹(えんえき)されている。実際、各種で異なる染色体構造(数やその配列)の差や変化がどのようにしておこったのかは、遺伝子重複が倍数体の多くみられる植物では有力視されているほかは、漸進説はもちろん断続平衡説でも、その機構を十分説明していない。ゴルトシュミットのいう「怪物」はどのようにして生まれ、どのように前途を切り開いたのか(たとえば、可能な生態的条件はなんであったか)。そんな問題が再提起されているとみてよい。

[遠藤 彰]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大進化」の意味・わかりやすい解説

大進化
だいしんか
macroevolution

生物進化の過程で,種や属内の変化にとどまらず,科や目のような分類学上でも大きな群の特徴が変化するような進化をさす。属,種の変化による小進化に対して用いられる。 20世紀前半の遺伝進化学者 R.ゴルトシュミットは,大進化は小進化の単なる積重ねでは説明しきれないのではないかと強調した。しかし現代遺伝学では大進化も,突然変異に基づく小進化の積重ねで生じると一応考えることにより,大・小進化の区別そのものが厳密な意味をもたないとの主張も強い。

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