寺内 正毅(読み)テラウチ マサタケ

20世紀日本人名事典の解説

寺内 正毅
テラウチ マサタケ

明治・大正期の陸軍大将・元帥,政治家,伯爵 首相;陸相;朝鮮総督。



生年
嘉永5年閏2月5日(1852年)

没年
大正8(1919)年11月3日

出生地
周防国吉備郡平井村(山口県山口市)

旧姓(旧名)
宇田

別名
幼名=寿三郎

主な受賞名〔年〕
大勲位菊花大綬章

経歴
13歳で長州藩御楯隊、さらに整備隊に参加、明治元年戊辰戦争には箱館の役に従軍。維新後大村益次郎に認められ大阪兵学寮に入り、4年陸軍少尉、10年西南戦争に従軍、負傷。16年駐仏公使館付、以後陸相秘書官、陸士校長、第1師団参謀、参謀本部第1局長となり新動員令制定。27年少将、日清戦争では大本営運輸通信長官、29年軍務局事務取扱、31年初代教育総監。次いで中将に進み、参謀本部次長、陸大校長を経て、35年第1次桂内閣の陸相に就任。第1次西園寺内閣、第2次桂内閣でも留任、山本権兵衛海相と日英陸海軍協定を締結。日露戦争の功で勲一等功一級。39年大将、40年子爵。43年韓国併合で初代朝鮮総督。44年伯爵、大正5年元帥。同年10月首相となり寺内内閣を組閣、シベリア出兵、軍備拡張、大衆課税増、言論弾圧を行い、非立憲内閣として世論の反発を受けた。7年米騒動事件で内閣崩壊。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和の解説

寺内 正毅
テラウチ マサタケ


肩書
第18代首相,陸相,朝鮮総督

旧名・旧姓
旧姓=宇田

別名
幼名=寿三郎

生年月日
嘉永5年閏2月5日(1852年)

出生地
周防国吉備郡平井村(山口県山口市)

経歴
13歳で長州藩御楯隊、さらに整備隊に参加、明治元年戊辰戦争には箱館の役に従軍。維新後大村益次郎に認められ大阪兵学寮に入り、4年陸軍少尉、10年西南戦争に従軍、負傷。16年駐仏公使館付、以後陸相秘書官、陸士校長、第1師団参謀、参謀本部第1局長となり新動員令制定。27年少将、日清戦争では大本営運輸通信長官、29年軍務局事務取扱、31年初代教育総監。次いで中将に進み、参謀本部次長、陸大校長を経て、35年第1次桂内閣の陸相に就任。第1次西園寺内閣、第2次桂内閣でも留任、山本権兵衛海相と日英陸海軍協定を締結。日露戦争の功で勲一等功一級。39年大将、40年子爵。43年韓国併合で初代朝鮮総督。44年伯爵、大正5年元帥。同年10月首相となり寺内内閣を組閣、シベリア出兵、軍備拡張、大衆課税増、言論弾圧を行い、非立憲内閣として世論の反発を受けた。7年米騒動事件で内閣崩壊。

受賞
大勲位菊花大綬章

没年月日
大正8年11月3日

家族
長男=寺内 寿一(陸軍元帥)

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

367日誕生日大事典の解説

寺内 正毅 (てらうち まさたけ)

生年月日:1852年2月5日
明治時代-昭和時代の陸軍軍人。初代朝鮮総督;伯爵
1919年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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