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対人地雷全面禁止条約 たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

対人地雷全面禁止条約
たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく

対人地雷の開発,製造,入手,貯蔵,保有,移転,使用を全面的に禁止し,地雷の撤去・破壊に対する国際的な協力を目的とした条約。加盟国は条約発効から4年以内に貯蔵している地雷を廃棄,10年以内に埋設している地雷を除去しなければならない。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵2015の解説

対人地雷全面禁止条約

対人地雷の使用、備蓄、製造、移転を禁止し、参加国は現有対人地雷を発効後4年以内に廃棄し、埋設地雷を発効後10年以内に除去することなどを定めた条約。地雷は高い技術が不要で安価なため、多くの途上国が、生産し、輸出入し、その被害者を出している。世界60カ国以上に敷設された約1億1000万の地雷は、毎年、およそ2万6000人を無差別に殺傷し続ける。その非人道性に、冷戦後、特に関心が集まり、地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)などNGOがキャンペーンを展開。ベルギーオーストリアは地雷禁止の国内法を制定、1996年末国連総会対人地雷全面禁止を決議、ICBLとその世話人ジョディ・ウイリアムスは97年度ノーベル平和賞受賞。カナダは、人道的考慮を優先し、ジュネーブ軍縮会議が主要国を包括して継続中の地雷規制交渉と別に、96年10月オタワ・プロセス(Ottawa process)と呼ぶ交渉を開始した。このアプローチは、地雷禁止の賛同国とNGOが主導し、まず全面禁止条約を発足させ、不参加国にも無視できない圧力をかけるもの。97年調印、99年発効。米国は、朝鮮半島での例外使用が受け入れられないなどから、未調印。ロ、中、韓も未調印。

(坂本義和 東京大学名誉教授 / 中村研一 北海道大学教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

対人地雷全面禁止条約

1997年12月にカナダのオタワで調印され、99年3月に発効。締約国は今年8月時点で156カ国で、3大地雷輸出国の米中ロは参加していない。大国が渋っても、NGOと有志国が条約づくりを主導する「オタワ・プロセス」と呼ばれる手法で実現した。中心となったNGOの連合体「地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)」はノーベル平和賞を受賞。08年12月に調印されたクラスター爆弾禁止条約も、こうした手法で成立にこぎつけた。

(2011-08-06 朝日新聞 朝刊 大特集H)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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百科事典マイペディアの解説

対人地雷全面禁止条約【たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく】

対人地雷の使用・貯蔵・製造・委譲を禁止し,すべての対人地雷を廃棄する条約。締結国がすでに保有する対人地雷も4年以内にすべて廃棄することなどが義務づけられている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく【対人地雷全面禁止条約】

正称、対人地雷の使用、貯蔵、生産及び委譲の禁止並びに廃棄に関する条約。対人地雷の使用・備蓄・生産・輸出入を禁止し、保有する対人地雷の廃棄を義務づける。1997年12月オタワで調印。99年発効。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

対人地雷全面禁止条約
たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく
Convention on the Prohibition of the Use,Stockpiling,Production and Transfer of Anti-Personnel Mines and on Their Destruction

対人地雷の使用、貯蔵、生産、廃棄目的の場合を除く委譲などを全面禁止する条約。対人地雷の禁止・制限には二つの流れがある。いずれも戦闘方法にかかわるという意味で伝統的な交戦法規の系譜にあるが、一つはジュネーブ諸条約(国際人道法、1949)から発展した戦闘方法にも配慮する取り決め、もう一つは戦闘における使用禁止だけでなく、人道的観点から早急に特定兵器を全面禁止し、犠牲者の救済を重視する考え方である。ここに掲げた対人地雷禁止条約は後者に属する(1997年12月署名開放、1999年3月発効)。
 歴史的にみると地雷の規制は前者の考え方から発展してきた。地雷はもともと対戦車兵器として開発され70~150キログラムの圧力で起爆するように設計された。しかしこれでは人間が踏んでも爆発せず、除去される可能性があるため、対戦車地雷を500グラム~10キログラム程度で起爆する対人地雷とともに敷設することが一般化した。とくに注目されるようになったのは1960年代のベトナム戦争で、米軍が航空機や砲弾を用いて広域に、しかも敷設箇所が特定できない形で対戦車地雷とそれを防護する対人地雷を大規模に遠隔散布したことがきっかけであった。敷設地が特定できないため除去がむずかしく、戦闘終了後も数十年の長期にわたって殺傷能力を維持し、戦闘員と非戦闘員を区別なく無差別に殺傷し続ける残虐性が際だっていた。対人地雷は、その後も探知しにくいプラスチック製への転換や小型軽量化が進み、1970年代の地域紛争で、さらに1980~1990年代のカンボジアやボスニア、あるいはアフリカ各地の内戦で多用され、戦闘終了後世界に1億個以上も残留して一般人を殺傷し続けた。
 おりから武力紛争が国家間に限られなくなり、その形態も複雑化、多様化したことに対応すべく、1977年に1949年ジュネーブ諸条約に二つの追加議定書(1978年発効)を採択する会議が開催された。上にあげた非人道的な効果をもつ特定通常兵器(地雷など)の使用禁止・制限はこの過程で議論が始まり、1980年に特定通常兵器使用禁止条約(CCW)が採択された(1983年発効)。地雷の使用禁止・制限はこの条約の第二議定書で扱われた。同議定書は地雷の対文民・無差別使用を禁止し、とくに遠隔散布地雷は軍事目標を含む地域以外では使用禁止、同地域であっても敷設箇所の記録、自爆、自己不活性化の無害化装置がないものは使用禁止とされた。しかし議定書の適用対象は依然として国家間の武力紛争に限られ、探知不能の地雷も禁止せず、移譲の管理規定もなかった。このため地雷の全面禁止を求める声が広がり、CCW再検討会議で1996年改正議定書が採択され、前議定書の不備は改善された。
 ただ改正議定書も全面禁止を実現できなかった。このため六つの非政府組織(NGO)が中心となって1992年に立ち上げた地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)や国際機関、一部政府による全面禁止条約づくりはさらに活発化した。1996年カナダ政府がオタワで国際会議を開催、いわゆる「オタワ・プロセス」が動きだした。通常の国際会議と異なりこのプロセスではNGOが発言を認められ、その積極的なキャンペーンもあって賛同国が急速に増えた。対人地雷禁止条約の署名式は1997年12月、オタワで行われ、1999年3月に条約は発効した。2009年1月時点で、加盟国は156か国、マーシャル群島とポーランドが署名のみで批准していない。この条約は、対人地雷の使用、貯蔵、生産、委譲を禁止し、4年以内に貯蔵地雷の廃棄、10年以内の埋設地雷の除去を義務づけている。使用制限・禁止を中心とする伝統的な交戦法規から軍縮条約に発展したものである。地雷廃棄・除去への支援協力、さらに地雷犠牲者への支援を規定し、人道的観点を重視した条約となっている。また、条約形成の新しい方式をつくりだした点でも注目される。従来の多国間交渉と異なり自己選択方式で全面禁止などに賛同する国家だけで新たな交渉の場を設け、NGOの参加・発言を認め、参加国・者の規範性の強い関心を反映する全面禁止条約を短期間のうちに作成した。その成果には大きなものがある。たとえばこの間に83か国で4200万個の対人地雷が廃棄され(今後さらに加盟国の1500万個廃棄予定)、50か国以上あった生産国は10数か国にまで減少、地雷の貿易はほとんど停止している。他方、この条約形成では、伝統的な安全保障上の懸案や新しい条約に適応する猶予期間が軽視され、結果として実効性に問題を残した。主要な生産・使用国であるアメリカ、ロシア、中国、インド、パキスタンは参加していない。未加盟国はなお1億6000万個を保有するとされるが、その90%以上を保有するのは上記5か国である。また廃棄への国際協力体制整備も遅れており、2008年には15か国が資金、技術、データ不足などから廃棄期限の延長を求めた。検証にあたる事実調査団の派遣などの規定も大まかなもので、実行性を高めるにはさらに精緻(せいち)化しなくてはならない。冷戦後の人道規範の高まりとともにこの条約形成方式に対する関心は高まっている。対人地雷禁止に続いて有志国とNGOが主導するオスロ・プロセスを通じて2008年に署名されたクラスター爆弾(集束爆弾)禁止条約も2010年8月に発効した。人道的関心の高まりは歓迎すべきことではあるが、それだけに実効性という観点からは伝統的な安全保障問題、主要国の安全保障政策との擦り合わせや条約義務の履行メカニズムの形成が大きな課題である。[納家政嗣]
『赤十字国際委員会著、吹浦忠正監訳、難民を助ける会ボランティア訳『対人地雷 味方か?敵か?』(1997・自由国民社) ▽足立研幾著『オタワプロセス――対人地雷禁止レジームの形成』(2004・有信堂高文社) ▽黒沢満編『軍縮問題入門』新版(2005・東信堂)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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