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小地主党[ハンガリー] しょうじぬしとう[ハンガリー]Kisgazda Párt

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小地主党[ハンガリー]
しょうじぬしとう[ハンガリー]
Kisgazda Párt

ハンガリーの政党。共産党が権力を握るまでハンガリーで最も影響力があった。1909年サボー・イシュトワーン・ナジターディにより農地改革と普通選挙を要求する自営農民党として出発,1919年農業党と合併して小地主党と名のり,1920年の選挙で多数派となった。1922年統一党と改称,右傾化して 1944年まで政権についたが,党内左派は 1930年小地主党の名で反政府党として再出発,1944年12月のミクローシュ政権に参加。1945年11月,第2次世界大戦後初の選挙で 57%を得票し,翌 1946年1月ティルディ・ゾルターンを大統領,ナジ・フェレンツを首相とする政権が成立したが,ソビエト連邦と共産党の圧力の結果 1947年6月にナジは亡命した。同年8月ディニェシュ・ラヨシュ,12月ドビ・イシュトワーンという小地主党員を首班とする政権ができたが党に実権はなく,1948年8月の社会主義労働者党(共産党)政権成立とともに圧迫が激しくなり解体した。1956年ハンガリー動乱の際に復活したが,ソ連軍介入後禁止された。1988年独立小地主党として再建され,1989年以後の民主化革命では他の野党とともに円卓会議の一員としての役割を果たし,1990年3月の総選挙で民主フォーラム自由民主同盟に次ぐ第三党の地位を獲得,民主フォーラム主導のアンタル連立政権に加わるが,1992年2月離脱。その際トルジャーン・ヨージェフ党首と対立する 33議員が離党して統一小地主党を結成,アンタル政権支持に回った。その後 1994年5月の総選挙では議席を回復し,1998年5月の国民議会選挙では第三党につき,第一党の青年民主連盟と第五党民主フォーラムとの連立政権に参加した。

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