山田 信一郎(読み)ヤマダ シンイチロウ

20世紀日本人名事典 「山田 信一郎」の解説

山田 信一郎
ヤマダ シンイチロウ

大正・昭和期の昆虫学者



生年
明治16(1883)年4月

没年
昭和12(1937)年5月30日

出生地
新潟県中蒲原郡横越村

旧姓(旧名)
阿部

学歴〔年〕
東京帝大理科動物学科〔大正2年〕卒

学位〔年〕
理学博士〔昭和3年〕

経歴
明治40年石川県師範学校教諭となる。43年東京帝大理科動物学科選科生として入学、大正2年選科修了後、理科大学動物学教室で研究を続けた。4年伝染病研究所技手となり、8年技師に進む。10年衛生昆虫学の研究のため欧米各国へ出張を命じられ、12年帰国。蚊と伝染病との関係を研究。特に流行性の脳炎病毒が蚊によって伝染することを証明、発表した。また日本における家ダニの研究者としてその名を知られた。昭和5年シャム国へ出張。12年中国の風土病カラアザール病の研究のため、外務省文化事業部の後援で佐藤秀三医学博士・井田清農学博士らと共に渡航、済南同仁病院で研究中に肺炎にかかり、同年5月客死した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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