川田 芳子(読み)カワダ ヨシコ

20世紀日本人名事典の解説

大正・昭和期の女優



生年
明治28(1895)年10月17日

没年
昭和45(1970)年3月24日

出身地
新潟県新潟市古町通九番町

学歴〔年〕
大畑高小(新潟)〔明治43年〕卒

経歴
幼時舞踊を習い明治43年上京、日本橋浜町で芸者となった。大正3年川上貞奴に預けられ、貞奴一座の帝劇「八犬伝墨田の高楼」で初舞台。以来貞奴と行を共にしたが、6年有楽座無名会公演「嘘」などに出演、7年松竹の新派などを経て9年松竹蒲田に入社。ヘンリー小谷監督「島の女」で女優第1号となった。10年「女の力」主演、以後賀古残夢「魔の森」「己が罪」「青春の夢」「二人妻」などに活躍。11年賀古作品13本に出演。諸口十九と組み、栗島すみ子、五月信子ら3組のコンビが競演、初期蒲田3大人気女優として活躍。賀古退社後は野村芳亭監督に重用され12年「母」で母物第1号。「清水次郎長」「女と海賊」で勝見庸太郎と共演。大震災で一時京都下加茂に移るが、蒲田へ戻って再び諸口と組み「赤坂心中」「女殺油地獄」等。14年「小幡小平次」以後時代劇に活躍。昭和3年松竹蒲田に復帰、「多情仏心」などに出演。この間大幹部。5年以降出演は減り、9年松竹興業に所属、10年オールスターの「母の愛」主演。24年松竹を去った。晩年は埼玉県草加市に住んだ。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説


職業
女優

生年月日
明治28年 10月17日

出身地
新潟県 新潟市古町通九番町

学歴
大畑高小〔明治43年〕卒

経歴
幼時舞踊を習い明治43年上京、日本橋浜町で芸者となった。大正3年川上貞奴に預けられ、貞奴一座の帝劇「八犬伝墨田の高楼」で初舞台。以来貞奴と行を共にしたが、6年有楽座無名会公演「嘘」などに出演、7年松竹の新派などを経て9年松竹蒲田に入社。ヘンリー小谷監督「島の女」で女優第1号となった。10年「女の力」主演、以後賀古残夢「魔の森」「己が罪」「青春の夢」「二人妻」などに活躍。11年賀古作品13本に出演。諸口十九と組み、栗島すみ子、五月信子ら3組のコンビが競演、初期蒲田3大人気女優として活躍。賀古退社後は野村芳亭監督に重用され12年「母」で母物第1号。「清水次郎長」「女と海賊」で勝見庸太郎と共演。大震災で一時京都下加茂に移るが、蒲田へ戻って再び諸口と組み「赤坂心中」「女殺油地獄」等。14年「小幡小平次」以後時代劇に活躍。昭和3年松竹蒲田に復帰、「多情仏心」などに出演。この間大幹部。5年以降出演は減り、9年松竹興業に所属、10年オールスターの「母の愛」主演。24年松竹を去った。晩年は埼玉県草加市に住んだ。

没年月日
昭和45年 3月24日 (1970年)

家族
姉=市山 七十郎(5代目)(日本舞踊家)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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