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市川団十郎(9代) いちかわ だんじゅうろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

市川団十郎(9代) いちかわ-だんじゅうろう

1838-1903 幕末-明治時代の歌舞伎役者。
天保(てんぽう)9年10月13日生まれ。7代市川団十郎の5男。6代河原崎権之助の養子となるが,明治7年実家にもどり9代を襲名。明治期を代表する役者で「劇聖」とよばれる。演劇改良運動にとりくみ,活歴物(かつれきもの)という史劇を創始。新歌舞伎十八番を制定した。明治36年9月13日死去。66歳。江戸出身。本名は堀越秀。初名は河原崎長十郎(初代)。前名は河原崎権十郎(初代),権之助(7代)。俳名は三升。屋号は成田屋。

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朝日日本歴史人物事典の解説

市川団十郎(9代)

没年:明治36.9.13(1903)
生年:天保9.10.13(1838.11.29)
幕末明治期の歌舞伎役者。俳名は三升,団州など。文化文政期の名優7代目団十郎の5男で,本名は堀越秀。生後間もなく6代目河原崎権之助の養子となる。幼名長十郎,次いで権十郎を名乗り,明治2(1869)年,7代目権之助を襲名して河原崎座の再興に尽力した。明治7年の河原崎座新築開場を機に市川家に復帰して9代目団十郎を襲名。幼年期から音曲,舞踊,絵画,茶道の修業を積み,「風姿容貌」「音調弁舌」に優れ,時代物,世話物,所作事を問わず,立役,敵役,女形いずれの役も兼ねられる優れた才能を持ち,「劇聖」と呼ばれ,5代目菊五郎,初代左団次と共に団菊左と並び称された。 開明的な識見を持ち,文明開化,欧化改良をおしすすめる政界,財界,学界の有志による演劇改良運動に共鳴し,12代目守田勘弥,5代目菊五郎らと共にその中心となって活躍した。福地桜痴と提携して活歴(史実を尊重した英雄志向の時代物で,荒唐無稽な内容を排し,大道具,小道具,衣裳,扮装なども考証を重んじ,演技も迫真的な純写実を目指した作品群)を創始し,性格や心理を内面的に表現する演技術「肚芸」を開拓した。しかし,「高尚熱」と「改良癖」は江戸歌舞伎に親しんできた観衆に受け容れられず,晩年には活歴から離れて,古典歌舞伎の台本を吟味し,古典歌舞伎の演出・演技を近代化することに尽力した。現代に伝わる「型」の創造は貴重な貢献である。また能狂言に取材した所作事松羽目物の演目を創造して,歌舞伎舞踊の一系統としての位置を固めたのも団菊の功績である。父7代目団十郎の「歌舞伎十八番」制定の遺志を継いで,活歴物,松羽目物のなかから「紅葉狩」「鏡獅子」など得意芸を集めた「新歌舞伎十八番」を選定している。初の天覧劇への出演をはじめ,歌舞伎役者の社会的地位の向上に果たした役割も大きい。<参考文献>伊原敏郎『市川団十郎の代々』下,伊坂梅雪編『五代目菊五郎自伝』,伊原敏郎『団十郎の芝居』,服部幸雄『市川団十郎』

(藤波隆之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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