希ガス化合物(読み)きガスかごうぶつ

改訂新版 世界大百科事典 「希ガス化合物」の意味・わかりやすい解説

希ガス化合物 (きガスかごうぶつ)

希ガスが発見されて以来,それらの化合物合成が数多く試みられてきたが,真の意味での希ガス化合物は1962年までに合成されたことはなかった。すなわち,イギリスのW.ラムゼーは,アルゴンを発見して,直ちに当時のフッ素の化学の権威フランスのF.F.H.モアッサンに依頼してそれらの間の反応を試みているが,反応しないという結論を得ている。さらにヘリウム中での放電によりHe⁺,He2⁺をつくり,これからヘリウムの塩をつくる試みも成功しなかった。金属と反応させる試みも行われ,HgHe10Pt3Heなど数多くのものが得られたが,これらは非化学量論的化合物の侵入型固溶体であって,原子価結合のあるものではなかった。また原子価軌道飽和の希ガスから不飽和のBF3などへの配位結合を予想したArnBF3などの生成も否定された。一方,希ガス水和物は希ガスが発見されてまもなくから結晶として得られ,G・6H2O(G=Ar,Kr,Xe,Rn)がよく知られていた。しかしこれも,水分子が結晶をつくるとき,水素結合によってつくられる三次元網目構造の籠の中に単原子分子の希ガスが閉じこめられたものであって,希ガスと水分子との間に真の原子価結合があるものではない。このとき,水分子46個によって籠が8個できるので,理想的にこの籠すべてに希ガスが入ったときは8G・46H2OすなわちG・5.75H2Oとなるのであるが,通常は96%程度入りこむのでG・6H2Oとなるのである。これらはクラスレート化合物といわれるが,真の化合物ではない。同じようなものに,ヒドロキノンC6H4OH2フェノールC6H5OHとの間のクラスレート化合物3C6H4(OH)2・G(G=Ar,Kr,Xe),2C6H5OH・G(G=Kr,Xe,Rn)が知られている。

 1962年カナダバートレットN.Bartlettは,PtF6を取り扱っているとき得られたO2⁺PtF6⁻にヒントを得て,O2とXeの第一イオン化ポテンシャルの対比から,はじめてXeの化合物ヘキサフルオロ白金酸キセノンXePtF6を得ることに成功した。次いで同年,アメリカのクラーセンH.H.ClaassenらはXeとフッ素との反応から四フッ化キセノンXeF4の合成に成功した。これから希ガス元素の化合物があいついで合成されるようになり,これまでに数多くの化合物がつくられている。おもな化合物としては次のようなものがある。KrF2,XePtF6,XeF2,XeCl2,XeBr2,XeO,XeF4,XeF6,XeF4O,XeF2O2,XeO3,XeF2O3,XeO4,Na4XeO6・6H2O,Cs2XeF8。黄色のXeO4などを除いて,ほとんどが無色の結晶である。
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化学辞典 第2版 「希ガス化合物」の解説

希ガス化合物
キガスカゴウブツ
rare gas compound

ファンデルワールス力による弱い結合しかもたない化合物として,包接化合物(クラスレート化合物),ごく不安定な二原子分子がある.包接化合物は水分子,ヒドロキノン,フェノールなどのつくる三次元のかご型構造のなかに希ガス原子Gが閉じ込められているもので,水和物クラスレートでは,単位格子中の間げきすべてに希ガス原子をつめればG・5.75H2Oの組成をもつ.小さいHe,Neでは,水和物クラスレートは生成しない.低温気体中では Ar2,Xe2 などの存在が吸収スペクトル質量スペクトルにより観測されている.このほか,励起状態の希ガス原子は,He2* 型の二原子分子をつくる.通常の意味での共有結合による化合物は,1962年にカナダのN. BartlettらによってXePtF6が偶然つくり出されるまで存在しないと思われていた.XePtF6はPtF6蒸気とXeを常温で混合するだけで得られる赤色の固体である.もっとも多くの化合物がつくられているのはキセノンで,上記フッ化白金酸のPtをRu,Rh,Siなどにかえたもの,フッ化物([別用語参照]フッ化キセノン),酸化フッ化物XeOF2,XeOF4,XeO2F4など,酸化物XeO3,XeO4,キセノン酸Xe(OH)6とその塩Ba3XeO6など,過キセノン酸H4XeO6とその塩Na4XeO6,金属カルボニルとの錯体M(CO)5Xe(M=Cr,Mo,W)などがある([別用語参照]キセノン化合物).クリプトンについてはKrF2のみが知られていたが,O原子との結合をもつKr(OTeF5)2も低温溶媒中で合成された.10 K 前後の極低温剛性溶媒中では,HKrF,HXeH,HXeOH,HXeBr,HKrCl,HXeCN,HKrCN,HXeNCO,アセチレンへの挿入化合物HXeCCH,HXeCC,HXeCCXeHや,さらにArの化合物HArFまで得られ,希ガス原子がF,Oだけでなく,H,C,N,Br,Clとも結合することが赤外スペクトルなどで確かめられている.ラドンはフッ化物RnF2しか確認されていないが,ラドンが放射性元素で半減期が短く操作が困難なためと,α線による放射線分解も起こることが原因で,キセノン同様,多種類の化合物をつくりうると思われる.[別用語参照]18電子則

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「希ガス化合物」の意味・わかりやすい解説

希ガス化合物
きがすかごうぶつ
noble gas compound

学術用語としての正式名称は貴ガスnoble gas(の)化合物である。希ガス元素(貴ガス元素)の原子は安定な電子配置をとるので、価電子の関与する化学結合をつくりにくく、通常の意味での化合物を生成するのは困難である。希ガス元素の発見以来、化合物を合成する数多くの試みがあったが、1962年に至って初めてイギリスのバートレットNeil Bartlett(1932―2008)が成功した。強力な酸化剤である六フッ化白金によってキセノンを酸化しXe[PtF6]を得たとする彼の報告に引き続き、キセノン、クリプトンのフッ化物、キセノンの酸化物、フルオリド(フッ化物イオンの配位子名)錯体などの合成が、相次いで他の研究者からも報告された。この種の化合物は、クリプトン、キセノン、ラドンのように原子番号が大きく、イオン化エネルギーが相対的に低い元素に限られており、アルゴン、ネオン、ヘリウムについては得られていない。

 歴史的には、希ガス元素の原子を含む化合物として、アルゴン、クリプトン、キセノンがキノール、フェノール、あるいは水(氷)をホストとする包接化合物のゲストとなる例が知られていたが、これらの包接化合物ではホスト分子が水素結合で生成する籠(かご)状空間の中にゲストが取り込まれた構造となるので、希ガスの原子がホスト分子と直接の化学結合をもつわけではない。

[岩本振武]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「希ガス化合物」の意味・わかりやすい解説

希ガス化合物
きガスかごうぶつ
compound of rare gas

希ガス類の化合物の合成は,1962年ブリティシュコロンビア大学の N.バートレットによるキセノンのフルオロ白金酸塩の合成が最初。現在ではキセノンのフッ化物,酸化物,オキシフッ化物が多数知られている。またクリプトンやラドンの化合物もある。

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世界大百科事典(旧版)内の希ガス化合物の言及

【化学】より

…そのなかでも二つのシクロペンタジエンが鉄原子を挟み込んだフェロセンは,51年ポーソンP.L.Pausonによって初めてつくられ,後につくられた数多くの類似化合物(一般にメタロセンという)の基本化合物となった。希ガスの一部が化合物をつくる理論的可能性がL.C.ポーリングによって指摘されていたが(1933),バートレットNeil Bartlett(1907‐ )がヘキサフルオロ白金酸キセノンの合成に成功(1962)して,希ガス化合物の世界を開いた。希ガス化合物化学の発展の引金となったのはフッ素化学の発展であった。…

※「希ガス化合物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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