日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
役者論語(やくしゃばなし)
やくしゃばなし
歌舞伎(かぶき)劇書。四巻四冊。八文字屋自笑(はちもんじやじしょう)編。書名は内題に振ってある読みに従う。ただし、出版予告では「やくしやろんご」と振り仮名されていた。古来著名な劇書をまとめ、1776年(安永5)に出版された。『舞台百箇条』『芸鑑(げいかがみ)』『あやめ草(ぐさ)』『耳塵(にじん)集』『続耳塵集』『賢外(けんがい)集』『佐渡島(さどしま)日記』の七書を収録したので、別名を「優家七部書(ゆうかしちぶのしょ)」と称してある。いずれも元禄(げんろく)年間(1688~1704)前後の上方(かみがた)で活躍した役者たちの芸談や、故実について述べた内容で、歌舞伎史の研究にとって重要な資料であるばかりでなく、現代の演劇創造にとっても有益な示唆を多く含んでいる。役者たちの私生活、役者と座本や狂言作者との関係のもち方、実際の狂言作成の現場の姿など、元禄ごろの劇界内部の事情がよくわかるのが貴重。初世坂田藤十郎(とうじゅうろう)の写生的な演技論を、断片的ながらみごとに浮かび上がらせる『耳塵集』や『賢外集』、女方(おんながた)芸を確立させた芳沢(よしざわ)あやめの『あやめ草』など、創造精神にあふれていた元禄歌舞伎の実態を彷彿(ほうふつ)させる興味深い内容になっている。菊池寛(きくちかん)の小説『藤十郎の恋』の素材になった、藤十郎が密男(みそかお)の演技を研究するために祇園(ぎおん)町の料理茶屋の女将に偽りの不義をしかけたという有名な話は、『賢外集』に載っている。
[服部幸雄]
『守随憲治編『役者論語』(1954・東京大学出版会)』▽『郡司正勝校注『日本古典文学大系98 歌舞伎十八番集』(1965・岩波書店)』