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徳川忠長とお昌

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

徳川忠長とお昌

利発だった忠長(1606〜1634)は2代将軍秀忠にかわいがられ、後継と目されていた。しかし、家光の乳母春日局の家康への直訴もあり、世継ぎを家光に奪われた。駿府藩(静岡市)藩主を務めた後、家光の命令で高崎藩(高崎市)に預けられ、28歳で自害を命じられたとされる。お昌は、織田信長の次男信雄(のぶかつ)の孫。正室となったのは忠長22歳、お昌15歳の時との記録もあり、結婚生活はわずか数年だった。

(2008-01-11 朝日新聞 朝刊 東京都心 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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