擬態(読み)ギタイ

デジタル大辞泉 「擬態」の意味・読み・例文・類語

ぎ‐たい【擬態】

他のもののようすや姿に似せること。
動物が、攻撃や自衛などのため、体の色・形などを周囲の物や動植物に似せること。コノハチョウが枯れ葉に似せて目立たなくしたり、アブが有害なハチに似せて目立つ色をもったりすることなど。
[類語]擬死擬傷

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精選版 日本国語大辞典 「擬態」の意味・読み・例文・類語

ぎ‐たい【擬態】

〘名〙
① 他のあるものの有様や様子に似せること。
※故旧忘れ得べき(1935‐36)〈高見順〉七「その夫等の日常つかってゐる言葉ばかりでなく、夫の擬態をも」
② 動物が敵や餌になる生物からの発見を避けるため、形態、色彩、行動などを他の物や生物に似せること。
※日本昆虫学(1898)〈松村松年〉昆虫の彩色「其他あけび虫若くは天蛾の蛇形に擬するが如き此等は皆擬態の適例なり」

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改訂新版 世界大百科事典 「擬態」の意味・わかりやすい解説

擬態 (ぎたい)

ある種の生物が自分以外の何物かに外見(色,模様,形)やにおい,動きなどを似せることにより,生存上の利益を得る現象をいう。その機能によって隠蔽的擬態,標識的擬態,種内擬態などが区別される。

保護色ともいい,外見を周囲の色や模様に似せて外敵から隠れるものをさす。枯葉に似た羽をもつコノハチョウや樹幹と同じ模様のヤガの仲間,小枝と見分けのつかないシャクトリムシなどは保護色の例である。また,イギリスでは産業革命以後,工場の煤煙(ばいえん)で木の幹が黒ずみ,このためそれまで樹幹の地衣類の模様に似ていたガの仲間がほとんど黒色の型に置き代わったという工業暗化の現象があるが,短期間に保護色の進化が見られた例として有名である。実験的にも,アゲハチョウの緑色と褐色のさなぎを,緑色や枯れた茶色の芝生の上に置いてニワトリに食べさせると,背景と同じ色のさなぎほど鳥に発見されにくいことが証明されている。

わざと目だつことによって利益を得るもので,これはさらにベーツ型擬態ミュラー型擬態攻撃擬態の三つに分けられる。ベーツ型擬態は,本来まずくない動物がまずい味や毒をもつ別の動物(モデル)に外見だけを似せることによって外敵から免れるもので,まねをしている動物は擬態者mimicと呼ばれる。ベーツ型擬態はとくに昆虫で多く見られ,カバマダラ(毒をもつ)に擬態するメスアカムラサキの雌,ジャコウアゲハ(毒をもつ)に擬態するオナガアゲハアゲハモドキ,まずい汁を出すテントウムシに擬態して昼間動きまわる東南アジアのゴキブリの仲間,毒針をもつハチ類によく似たスカシバガトラカミキリの仲間などがこれにあたる。ベーツ型擬態は,19世紀イギリスの動物学者ベーツH.W.Bates(1825-92)が,南アメリカ産のドクチョウとこれによく似たシロチョウの標本をもとにして提唱した概念であるのでこう呼ばれる。昆虫の最大の敵である鳥類が,擬態している昆虫をまずい餌とまちがえて食べないことは,ベーツ以来単に空想の形で述べられてきたが,それが真実であることは1950年代に入って実験的に証明された。また,アフリカ産のオスジロアゲハの交雑実験の結果から,このチョウの雌の擬態には複雑な遺伝の機構が存在することも明らかにされている。

 ミュラー型擬態とは,まずい味や毒をもち,同一地域に住むなん種類かの動物が,互いに似通った外見をもっているものをいう。こうすることで,鳥などの外敵が,彼らをまずい餌だと学習するために必要な一種あたりの犠牲を減らすことができると考えられている。多くのハチがすべて同じ黄と黒の縞模様をもっていたり,南アメリカ産のドクチョウやスカシマダラの類がひじょうによく似た色彩の羽をもっているのはこれにあたる。ただし,ミュラー型擬態は系統的に近縁のグループ内で見られることが多く,また,いずれがモデルで擬態者であるのか明らかでないこともあり,これを〈擬態〉と呼ぶべきかどうかについて疑念が出されている。

 攻撃擬態(またはペッカムの擬態)には次の二つの型がある。一つは自分の姿を背景にとけこませ,いわば保護色のように隠れながら攻撃相手を待伏せするタイプである。緑色のカマキリが葉の上で,あるいは褐色のカマキリが枯葉や小枝にたかって獲物の小昆虫を不意討ちするようなものが例として挙げられるが,この型は自分の姿が目だつわけではないので,厳密な意味での標識的擬態ではない。もう一つは,自分が攻撃したい(または利用したい)相手の姿や,攻撃したい相手が気にも留めない別の動物に自分自身を似せるというもので,これが真の攻撃擬態であるといえる。ある種のクサカゲロウの幼虫は,餌であるカイガラムシが分泌する綿状物質を背中に背負って獲物に近づく。まさに〈ヒツジの皮を着たオオカミ〉である。掃除魚として有名なホンソメワケベラに擬態するニセクロスジギンポは,掃除魚になりすまして他の魚に近づき,その体表からウロコをはぎとって食べる。またカッコウやホトトギスなどの托卵鳥の卵は,それが托卵する里親自身の卵と同じ模様をしている。このほか攻撃擬態には,他種のホタルの光り方をまねて雄をおびきよせ,これを捕食するホタルの類(光の擬態)や,ガの雌の出す性フェロモンと同じにおいで雄を誘引し,粘液の糸で捕らえて食べるナゲナワグモ(においの擬態)など,興味深い例がある。またチョウや魚などが体の一部に目玉模様(眼状紋)をもち,外敵をおどかしたり,敵の攻撃目標をにせの目玉に集中させて逃げる例も,広い意味での標識的擬態とみなすことができる。

隠蔽的擬態も標識的擬態も,自分とは別の種に対して効果をもつものであるが,自分と同じ種に対して効果を及ぼすものをとくに種内擬態と呼んで区別する。シクリッド科のマウスブリーダーの雄の腹びれの卵模様は有名な例で,雌は本物の卵とまちがえて吸いこもうとし,これに合わせて雄が射精することによって口中の卵の受精が成立する。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「擬態」の意味・わかりやすい解説

擬態
ぎたい

生物が、ほかの生物や無生物などとそっくりの形や色彩、行動をもち、第三者をだます現象。一般に擬態とよばれているものには、まったく逆の効果をもつ二つのタイプが含まれている。だまされる者に対して自らを目だたなくする隠蔽(いんぺい)的擬態(模倣)と、逆に自らを広告する標識的擬態とである。後者のみを擬態とよぶべきだとする立場もある。

 隠蔽的擬態は、小枝とそっくりのシャクトリムシや、海藻と紛らわしい突起物と色彩をもったタツノオトシゴなど、基本的には背景に自らを溶け込ませる隠蔽色(保護色)の範疇(はんちゅう)に含めることができる。だまされる者は多くの場合擬態者にとっての捕食者であるが、逆に餌(え)動物の場合もある。

 標識的擬態の代表例としては、有毒・有害ではでな色彩(捕食者に対する警告色)をもった生物にまねて捕食者をだますベイツ型擬態がある。ハチとそっくりのアブやガなど昆虫相互間はもとより、さまざまな動植物間でみられる。似ている者どうしがともに味の悪いチョウの場合などはミューラー型擬態とよぶ。ただしこの場合、どちらがモデルであるかを知ることはむずかしく、またいずれもがもともと捕食を免れているはずで、第三者(捕食者)をだますという擬態の定義からは外れている。

 捕食を逃れること以外に、餌(えさ)を得るためなどの積極的機能をもった擬態もある。花とそっくりの姿で虫を待ち伏せるカマキリや、にせの餌をちらつかせてほかの魚をおびき寄せるアンコウなどは攻撃擬態(ペッカム型擬態)とよばれる。ほかの鳥の巣にその卵とそっくりの卵を托卵(たくらん)するカッコウや、雌バチに似た花を咲かせて雄バチを誘い受粉を確実にするランの仲間なども、これに含めることができる。

 モデル、擬態者、だまされる者の三者はかならずしも別々の種であるとは限らず、前述のカッコウやランの例では、モデルとだまされる者は同じ種である。雌が口内保育を行うカワスズメ科魚類の雄の臀(しり)びれには卵とそっくりの模様があり、産卵した雌は本物の卵を口にくわえたのち、このにせの卵もくわえようとする。このとき雄は精子を出し受精が確実になり、だまされた雌も得をする。この場合には三者とも同じ種であり、種内擬態とよぶ。また、自分の体の一部、たとえば目とそっくりの模様を体のほかの部分にもっていて、捕食者の攻撃をそらす魚やチョウの場合は自己擬態とよばれる。人間の女性の乳房も、男が性的に関心をもつお尻に自己擬態したものだという説もある。

[桑村哲生]

『ヴィックラー著、羽田節子訳『擬態――自然も嘘をつく』(1970・平凡社)』『エドムンズ著、小原嘉明・加藤義臣訳『動物の防衛戦略』全2冊(1980・培風館)』『日高敏隆著『動物の体色』(1983・東京大学出版会)』『上田恵介編著『擬態――だましあいの進化論』全2冊(1999・築地書館)』

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百科事典マイペディア 「擬態」の意味・わかりやすい解説

擬態【ぎたい】

動物が他物に類似した色や形,または姿勢をもつこと。その機能によって大きく隠蔽的擬態と標識的擬態に大別される。前者は保護色ともいい,シャクトリムシやナナフシが木の枝に似たり,タツノオトシゴが海藻に似るように周囲の環境の中にとけこむ効果をもつものである。後者は,警告色を示す他の動物に似ることによって,自らがまずい味や毒をもっているように見せかけるものである。ある種のアブやガがスズメバチに似ていたり,毒ヘビに似た色彩をもつ無毒ヘビなどがその例。目玉模様やにせの頭をもつのもこの部類に入る。
→関連項目ナナフシ

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知恵蔵 「擬態」の解説

擬態

動物の色や形が何かほかのものに似ること。背景に似せて目立たなくするものを隠蔽的擬態(ミメシス)、逆に目立つことによって敵や獲物を欺くものを標識的擬態(ミミクリー)という。前者には保護色や隠蔽色が、後者には、毒をもつ種をまねる警告色などのベーツ型擬態、何種類かの動物が同じような色や形をもつことで敵を欺くミュラー型擬態、餌をおびき寄せるためのペッカム型擬態がある。なお、植物にも食虫植物が花に似せた葉をもったり、ハチの雌に似せた花で雄バチを招き寄せるラン科植物などの擬態が知られている。

(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「擬態」の意味・わかりやすい解説

擬態
ぎたい
mimicry; mimesis

動物が,周囲の事物やほかの動物によく似た形態をもっていること。敵の攻撃を避けるのに役立つと思われる。小枝に似た尺取虫やナナフシ,木の葉に似たコノハチョウなど昆虫にその例が多い。またアリに似たクモや花びらに似たカマキリなどのように,攻撃に役立つと思われる擬態もある。しかし人間の目からみての解釈なので,実際にはその機能がどの程度働いているか不明の場合も少くない。

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普及版 字通 「擬態」の読み・字形・画数・意味

【擬態】ぎたい

まね。

字通「擬」の項目を見る

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デジタル大辞泉プラス 「擬態」の解説

擬態

北方謙三の長編ハードボイルド小説。2001年刊行。

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世界大百科事典(旧版)内の擬態の言及

【行動】より

…毒ガエルや毒ヘビの多くが鮮やかな体色をしているのはそのためである。こうした有毒な動物の体色や形,行動などに似た形態,色彩を有する無毒な動物が擬態で,これも一つの防衛行動の中に入れられよう。このほか,捕食されそうになる,あるいは捕まると相手の嫌う物質を放出するのも防衛である。…

【保護色】より

… さらに隠蔽色は,まったく逆の形で適応的意味をもつ体色,つまり標識色signal colorationと組みあって,その効果を強めている。標識色というのは,きわめて目だちやすい色彩をとることによって,その動物の存在を相手に知らせ,それによってその動物が利益を得るような体色のことで,敵をびっくりさせる威嚇色threatening coloration(芋虫やガの目玉模様など),自分が有毒,危険な動物であることを相手に知らせる警告色warning coloration(ハチの黄と黒の縞模様,毛虫の赤と黒のはでな毛の色,毒をもつ魚,カエル,ヘビのはでな斑紋など),ほんとうは有毒でも危険でもないのに,有毒動物の警告色や体形をまねた擬態,および同じ種の動物個体間で,雌雄,親子などが認識しあう認識色(チョウの翅の色,哺乳類・鳥類の雛の親とまるでちがう体色など)に分けられる。 このような標識色をもつ動物にも,二つの形の色をともにそろえている場合が多い。…

※「擬態」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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