斉藤 雷太郎(読み)サイトウ ライタロウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「斉藤 雷太郎」の解説

斉藤 雷太郎
サイトウ ライタロウ


職業
俳優 文化運動家

生年月日
明治36年 10月18日

出生地
神奈川県 横浜市

経歴
小学校を4年で中退、東京・浅草丁稚奉公の後、京都松竹下加茂撮影所で時代劇の大部屋俳優となった。昭和5年阪東妻三郎に認められ「からす組」に出演。従業員向けに「スタヂオ通信」を発刊。のち雑誌「世界文化」の中井正一、久野収らと合流、11年紙名を「土曜日」と改め隔週刊とした。淀川長治が映画を紹介、久野が人民戦線動向を書いた同誌を京都市内の喫茶店に配り歩き、暗い時代の反ファシズム文化運動となる。12年治安維持法違反で逮捕され、同誌も終刊。半年後釈放。戦後京都で古物商を経営。他の映画出演に「土屋主税」など。映画監督・伊藤俊也による評伝「幻の『スタヂオ通信』へ」がある。

没年月日
平成9年 6月7日 (1997年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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